天龍双

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1-03.新しい古びた天使指導Renew!

 豊かな自然はあれども、どんどん冷え込んでいく天使たちの心。希望などなかった。天使の中にはとうとう心をんで邪神にすがる者たちも現れ、信仰の自由に制限がある天使界で非認可の宗教組織もひっそりあったくらいだ。活動自体は水面下で行われていたものの、闇の神殿崇拝者は増える一方だった。
 どうか私たちが天使であることを許容してください。全てあなた様の指示通りに動きますから――床にいつくばって邪神に祈りを捧げる天使たちをナイロフイースは目撃したことがある。その時初めてナイロフイースはほんの少しだけ心の中で邪神にお願いしてみた。
――どうか俺を天使から解放してください。
 その翌日にラランプリシアが家に押しかけてきてそういう関係になったので、やはり邪神と無関係ではなかったのだ。天使からの解放とラランプリシアに抱かれることがどう繋がるのか不明だが。
「イース、ルイシクセスリーは死んでも死体が残るんだ。ごめんね、彼女の脅威きょういを完全に退けるには死体をきちんと処理しなくてはならない。だからその間私の代わりにこの世界を破壊し尽くしてくれる代理を彼にたくしたんだ」
 闇の神殿――ラランプリシアに言わせるなら黒の神殿だが――の祭壇さいだんに置かれた儀式に使う大きな鏡を彼はあごで指した。そこには人間の男が映っている。身なりの良い美丈夫びじょうふだ。
「彼ならおろかなる天使とは違って私を裏切るような真似はしないだろう。なぜなら彼はこの私が自らいつわりの翼をもぎ取り、人間界に追放した元天使だから。その際二つに分かれてしまったが、さしたる問題はない。もう一人の片割れの男に関しては私もやりすぎたせいでいささか人間界の法則から外れてしまい、現在異常な不運体質になっている」
 異常な不運体質と聞いてナイロフイースはピンときた。一人、天使界でも有名な人間がいるのだ。
三本松さんぼんまつじゅんだな? まさかあいつも元天使なのか?」
「……いや、彼は元悪魔側だよ。ああ、君たちの基準での悪魔ではない。私の妹よりもはるか前に送り込まれた刺客しかくだったが、返り討ちにして人間界に追放したんだ」
「三本松純が悪魔……」
 童顔で背が小さくて成人していても下手すると中学生に見えるお人好ひとよしに相応しい形容詞ではないが、あの不運を見ていると納得してしまいそうになる。純は命を落とさないのが不思議なほどいろんな酷い目にっている。
 ナイロフイースの考えに呼応するように鏡の映像が切り替わった。
『ううっ、ぐすっ、ぐすっ……』
『へへっ、おめぇのそのガキみてーな面見てっといけないことしてる気分になるぜ』
 純は天使たちが殊更ことさら力を入れて支援している人間なので、堅気かたぎでない人物に絡まれることは滅多にないが、所謂いわゆる不良やらヤンキーと呼べるような人たちに捕まるのは日常茶飯事で、殴られたりカツアゲされたりするだけならまだしも、性的な悪戯を仕掛けられ、それが段々エスカレートして今では定期的に何人かの相手をさせられているのだから目も当てられない。そうしなければ下手すると殺されていたかもしれないので、命と引き換えにやむを得ず身体を捧げるしかなかったのだろう。
『ひぃ、うううっ、もう許してくださ……んんっ、ああっ……!』
 純は馴染みのヤンキーに度々公園の茂みやら公衆便所、果ては現在のように自宅にまで連れ込まれ、時にはワンボックスカーで複数人を相手にするなどしているうちに前を触るだけでは達せない身体になるというエロ漫画みたいな事態におちいっている。ナイロフイースもさすがに同情する。ナイロフイースの相手はラランプリシアだけなので決してブーメランではない。
「彼は一部の人間の嗜虐しぎゃく心を異常に刺激するからね。その男タラシを存分に発揮してもらうよ」
「お前、何気に酷いな……」
 冷ややかな目で純を見る邪神姿のラランプリシアは、永遠に溶けない氷のようだ。
「私は彼に同情などしないよ。彼は悪魔側に加担した時にそれだけのことをした。人間になったからといって、その罪が完全にあがなわれたわけではない。どこまでも彼の行いに対する結果がつきまとうだけだ」
 全く容赦する気も慈悲の心もない邪神怖い。ナイロフイースは口をつぐんだが、ふと疑問に思った。
「さっきラランは二つに分かれたと言ったな。それで片方は元天使、もう片方は元悪魔って……なんで天使と悪魔が一体になってたんだ?」
 ふっと姿が一瞬ぶれて、ラランプリシアは邪神の姿からよく知っている天使の容姿に戻った。彼の言いようだと、人間界に追放される前の彼らは一つだったのだろう。
「ああ、要はしかばねむさぼって一体化してたというか……今の天使の力って基本はそれだからね」
 さらっととんでもないことを言う。
「待て待て、屍を貪るって……どういうことだ!?」
 驚くナイロフイースにラランプリシアは再び邪神化――正確には邪神ではないらしいが、威圧的な雰囲気ふんいきは完全に邪神のそれだ――して重々しい口調で語った。
「邪神信仰に悪魔の儀式……今の天使の始祖が犯した大罪だ。はるか昔に私はアマンザンを絶命させ、その死体の処理に取り掛かる際に一つの失敗をした。そうだな、今の天使を反逆の堕天使だてんしの子孫と呼び、裏切る前の天使を黄泉よみ天使とでも呼ぼう。私は黄泉天使の浅ましい欲望に気づかなかった。いや、正しくはそれよりも重要なことがあったために後回しにしたら、やつは主君を裏切って敵に加担したのだ……!!」
 凄まじい怒りの咆哮ほうこうにナイロフイースは再び腰を抜かしてしまったが、床に尻餅しりもちをつく前にラランプリシアに抱き上げられ、神殿の奥の部屋にある宗教色の濃い黒の豪奢ごうしゃ天蓋てんがいつきベッドに連れて行かれた。
「新婚初夜だ……!!」
「おい、待てって! なんで今の流れでそうなった!? しかも初夜じゃねーし!」
「私の花嫁が結婚を自覚してから初めての初夜だ。私の花嫁を貪らぬことにはこの身からあふれ出す憎悪をなだめられぬ。このままでは君を怖がらせてしまう」
 とてもこの世の者とは思えない、声という概念を突き抜けたような低音のささやきに、ナイロフイースは一瞬恐怖も忘れてツッコミを入れた。
「今の時点で充分怖いわ!! お前、自分では違うって言ってたけど、やっぱり邪神だろ! 憎悪ぞうおとか憤怒ふんぬとかそういうのにまみれたたたりをおよぼす圧倒的な存在を天使界では邪神って言ってるんだぞ!」
「怖がるな。私は邪神ではない。死するべくして死したアマンザンを担ぎ上げて神とたてまつる堕天使たちがよみがえらせたアマンザンの屍こそ邪神そのものだ。堕天使の子孫である今の多くの天使たちは私を死と苦痛をもたらす神だと恐れ、アマンザンに忠誠を誓う邪神教徒で悪魔崇拝者だ。私はそんな彼らの言う邪神などではなく、全てを解放する新しい始まりなのだ。全ての苦痛を終わらせると周囲に何も残らないというだけだ。無論私の花嫁は別だがね。君は新しい世界で私と永遠を分かち合う」
「まじかよ……邪神どころか宇宙創世の破壊神じゃねーか……永遠をどうのって俺にそんな力ないと思うぞ……」
 天使界でも貧弱天使として見放されていたナイロフイースには荷が重い。
「確かに君はエネルギー的に微弱で大変かわいらしいが、私に抱かれることで成長する。安心して私を受け入れるのだ」
 エネルギー的に微弱だとか相変わらず失礼なラランプリシアに、ふっと肩の力が抜けた。
「そういやお前ラランなんだもんな……その姿だとどうしても邪神のイメージが先立つが、ラランだったらいいよ。もうごちゃごちゃ考えるのは疲れた。俺が死なない程度に新婚初夜とやらをやってくれ」
 いろいろ面倒になって身体から力を抜いたナイロフイースに、ラランプリシアの赤い瞳の輝きが一層増し、興奮を全身にみなぎらせておおい被さってきた。
 あ、やばい、俺死ぬかも……。その圧倒的存在に押し潰される危機感を覚えたが、向こうも気遣っているのか前戯だけで一日消費する勢いで、つらぬかれた時にはすっかりぐったりしていたナイロフイースは、そのまま意識を失ったのだった。

「うっ、うっ、イース……」
 ナイロフイースは誰かのすすり泣く声で目を覚ました。
「んあ、ラランか……なんで泣いてんだよ」
 ラランプリシアに抱きしめられた状態で寝ていたので、少し首が痛い。
「だってこれからって時にイースが気絶しちゃうから……」
 今は天使の姿で、ラランプリシアはぐすんぐすん泣いている。
「悪かったよ。でもお前の前戯が長すぎて俺は精魂尽き果てたんだよ。いつもは慣らしたらすぐ突っ込むくせに、なんであんな時間かけたんだ?」
 胸を長時間なぶられ、前も後ろも同時に攻められて何度もイカされて、もういいと言ってもかたくなにナイロフイースを高め続けたラランプリシアにも非はある。
「だって俺の本来の姿でするならあれくらいしないと、今のイースじゃ俺を受け入れられないから……本当だったら一週間かけてしないといけないくらいなのに、これでも相当がんばって君の準備を整えたんだよ?」
「お前、邪神だとどんだけ巨根なんだよ……」
 最後の方は意識が朦朧もうろうとしていたので、挿れられた瞬間達してそのまま夢の世界に旅立ったが、そんなに大きかったのだろうか。
「だから邪神じゃないってば! あとイースに巨根とか言われると興奮する……って、そういう意味じゃないよ!」
 はあはあ言い出したラランプリシアは、ナイロフイースがよく知っているどことなく軽いノリでぐいぐいくる天使の時の彼だ。
「お前、なんで邪神になっちゃったんだろうな……」
 振り返ってみると前からちょいちょいおかしな発言はしていたが、こうやって普通に接していると、邪神のラランプリシアがまるで夢だったように思えてくる。
「邪神じゃなくて俺は君の夫だから。最初から俺の本来の姿があれなんだよ。そうやって現実逃避するイースもかわいいけど、お預け食らってこっちはムラムラしてるんだからね」
 ラランプリシアは早速押し倒してきた。
「なんだよ、あの後やらなかったのか?」
 天使の姿なら慣れたもので、そこまで緊張しなくて済む。
「イースの意識がなくて悲しかったけど、興奮して一週間抱き続けたよ」
「やりすぎだろ……! よく俺無事だったな!?」
 一週間も邪神……としょうすると不満らしいので、破壊神の相手をして消滅してない自身に驚く。
「俺をたくさん注いだお陰で、イースが大分エネルギー的に成長して食べこたえのある俺の妻になったよ」
「エネルギー的に成長って言われてもよくわかんないんだよな。俺、男なのに妻なのか? まあ、役割的に夫側じゃないのは仕方ないが……」
 天使界では同性同士で結婚した場合、男同士ならプラス婚、女同士ならマイナス婚と呼ばれるが、それは男女各自のプラスエネルギーとマイナスエネルギーの性質からきているだけで、差別的な意味合いはない。ちなみに男女で結婚することはプラマイゼロでゼロ婚という呼称だ。実際はプラスとマイナスの組み合わせだとマイナス優勢になるため、ゼロにはならないらしいが。
 厳密には夫婦と言われるのはゼロ婚者の組み合わせだけで、プラス婚者は零薔薇ぜろばら、マイナス婚者はあま百合ゆりとなっている。なぜそういう呼称なのかは諸説あって定かでない。ただし結婚した天使たちの総称は夫婦なので、結構ややこしい。
 ちなみに天使界では年々同性婚の割合が増えている上に、元々人間界とは比率が逆で、異性同士の結婚の方がマイノリティーなのだ。結婚していない天使は男女問わず関係を持つので、異性交遊はマイナーではないものの、つき合う段階から同性愛が増えていく。
「いや、男と女の区別って本来性的なものには関わらないっていうか、ルーツを辿たどると元は無性別だった天使の中で、邪神信仰者と悪魔崇拝者が結びついてそうなっただけだからな。アマンザンの屍を邪神信仰者が食らって、拒絶反応出るのを悪魔崇拝者が魔術で封じ込めただけで。ここのところ話がややこしいけど、天使界とは別世界のアマンザン崇拝者を化け物っつーかここは今の天使界の見解と一致してて、悪魔って呼んでるだろ? 一部では神扱いされてる悪魔もいるけど……ってこれは一般天使には明かされてない真実か。別世界の神扱いされてる運命共同体が悪魔って教えられないもんな」
「だめだ、頭がこんがらがってきた……俺は何も知らなかったんだな……」
 混乱すると眠くなる性質があるナイロフイースがタオルケットを被って再び寝ようとすると、ラランプリシアに揺すり起こされた。
「そこで寝ちゃわないでよ! これからしようと思ってるのに!」
「悪いな、ツッコミが追いつかなくて……一眠りしてからまたしよう」
 眠気でぼんやりした笑みを浮かべ、ナイロフイースは眠りについた。

『どうして待ってくださらないのですか……! 私は……私はあなた様みたいに……!』
 黒い羽根を持つ赤髪の天使が悲痛な叫び声を上げ、何者かにすがる姿が見えた。
『選ばれたのは貴様ではない。貴様の役目は悪魔どもを冥界めいかいへ連れて行くことだ。そのことだけを考えろ』
 酷く冷たい声で突き放すのは、破壊神姿のラランプリシアに少し似た太陽のように光り輝く存在だった。今は抑えているのがわかるが一度その光を解き放てば、あまりに強すぎて周囲の者は死んでしまうに違いない。
『そんな……そんなこと……これ以上冥界に行ったら私は……私にはわかるのです。最初は強い力を持っていた悪魔たちが、あなた様と私の働きかけで力を失っていき、きっとこのままいけば根絶やしにできるでしょう。ですが悪魔たちをほうむれば葬るほど私自身も欠けていく……全ての悪魔が息絶えた時、私は生きていられない。跡形もなく消え去ってしまうでしょう』
 涙を流す黒い天使を一顧いっこだにせず、その天使と相対する存在は極寒の声音で言い放った。
『何をそこまで悲観する。役目を果たして消えられるなら本望だろう。命あるものはいずれ死を迎える。その原則に一体何の不満があるというのだ』
『ですが……ですが、あなた様はその法則には当てはまらない尊いお方……私はあなた様に並び立ちたいなんておこがましいことは申し上げません。ですがせめてあなた様の背中を追い続けることを許してほしいのです……!』
 黒い天使が縋れば縋るほど、相手を怒らせてしまっている。
『己の分をわきまえぬおろか者め……! ならば望み通り、貴様の意識だけは消滅後も全てが終わるまで消え去ることが許されないという罰を与えてやる。私をくだらない浅ましい欲望でわずらわせたむくいだ。あの時、出すぎた真似をするべきではなかったと深く後悔するだろう!!』
 狂気に満ちたど迫力の高笑いで、ラランプリシア似の何者かが黒い天使にのろいをかけた。
『な、なんてことを……ああ、これで私はあなた様に落とし前をつけさせられる……うわああああああ!!』
 黒い天使が発狂してその場に崩れ落ちた。ぼろぼろと黒い羽根が崩れ落ちていく。
『これにりたら二度と私に逆らわぬことだ』
 気の毒ではあるが、これだけの怒りと憎しみをたたえた存在によく直談判ができたものだと、ナイロフイースは感心した。恐怖が過ぎて感覚が麻痺してしまったらしい。それほどまでにこの夢は恐ろしかった。全身が震えてまともに立っていられない。ラランプリシアが怒り狂う姿も相当だったが、それ以上にすさんだ陰惨いんさん雰囲気ふんいきだ。怖くて仕方がない。
『……を――』
 ふとラランプリシア似の何者かと目が合った。向こうがこちらに何かを語りかける様子を見せたのと同時に、凄まじい衝撃波がナイロフイースを襲う。
「うわああああああ!!」
 あの黒い天使のように絶叫してナイロフイースは目を覚ました。
「イース、大丈夫?」
 ラランプリシアが心配そうに顔を覗き込んでいるが、しっかり下半身は結合しているので、あの後寝ているナイロフイースに手を出したらしい。
「はあ、お前なあ……おかげですごい悪夢を見ただろ……」
 後からやってきたぞくぞくした快感に震えながら、ナイロフイースはラランプリシアをにらんだ。
「うん。知ってる。黄泉よみ天使の記憶を見たんでしょ? あれはいつ見てもかわいそうだって思うよ」
 なぜかナイロフイースの夢の内容まで把握している。
「なんで知ってんだよ……でもお前にも同情する気持ちがあったのか。あんな怖い存在相手に食い下がるなんてよせばいいのにとは思ったけど、すごい痛々しかったよな」
「うん。俺が同情してるのは裏切り者の黒い黄泉天使のことじゃなくて、俺のお祖父様じいさまのことだけどね」
 ラランプリシアは何気なく言うと、再び動き始めた。
「あっ、お祖父様って……んあっ」
 ずっぽりと奥まで入り込まれて揺さぶられ、とろけ始める。意識を取り戻すまで相当いじられていたらしく、中がじんじんしていつも以上に快感を拾い上げた。
「んっ、んっ、あっ、奥だめぇ……! 頭真っ白になっちゃう……ううっ、あっあっあっ……!」
 ベッドが激しくきしむほどがんがん攻められて、もうまともに会話することもできない。目からぼろぼろとこぼれ落ちた涙をラランプリシアに器用に舐め取られる。
「イース、イース、早く育ってたくさん君を俺にちょうだい」
 愛情深いキスを唇に落とされ、段々深くなっていくそれにますます夢中になりながら、ナイロフイースはラランプリシアの肩と腰に腕と足を巻きつけた。

「ふわあ……ってまたこのパターンかよ!」
 欠伸とともに起床したナイロフイースは裸のラランプリシアに抱きしめられた状態で寝ていた。不思議と身体は軽く、あれから意識が飛ぶくらい交わった割に元気だ。天使同士のセックスはエネルギーを高め合うので、事後は皆ぴしっとしていることが多いのだが、ナイロフイースはラランプリシアとエネルギー差があるせいか、いつまでも腰に快感が残っていて立てないなど、どうしてもふにゃふにゃしがちだった。
「俺、ちょっとは成長してるのかも……」
 それが嬉しくて少しにやけると、いつのまにか起きていたラランプリシアがもだえている。
「俺とのエッチで育って喜ぶイースがエロい……!」
 ベッドの上でばたばたしているのをつい白けた目で見てしまったが、一応彼は夫だ。天使界が滅ぼされて戸惑っている間に強制的に結婚式を挙げられたというとんでも事態だったが、ラランプリシアと結婚すること自体に不満はない。
「なあ、これから俺はどうすればいいんだ? まさかずっとこの神殿にこもってるってわけじゃないよな?」
 このままだとまたベッドに引きずり込まれかねないので、ナイロフイースは床に散らばっている制服を身につけた。
「ん? 本当はそうしたいんだけど、俺も仕事があるからねー。とりあえず一通り組み立ては終わったから、そこそこうまく動き出すんじゃないかな。細かい修正は後々加えてくけど、イースとラブラブしながら仕事する環境は整ったよ!」
 制服を身にまとい、ナイロフイースの前に膝をつき、ラランプリシアはうやうやしくその手を取った。
「俺のかわいいイース。俺の伴侶であるあかしをその身に刻んだ俺だけの宝石。これはちょっとばかしおニブさんな君にもわかりやすい形にした俺たちの婚姻の証だ」
 軽やかな口調で流れるようにラランプリシアはナイロフイースの薬指に大きな赤い石の指輪をはめた。力強い輝きを放った美しい結婚指輪だ。
「破壊神の時のお前の目と同じ色だな。お前には俺がつければいいのか?」
 もう一つあるのかと思って探せば、ラランプリシアは首を横に振った。
「俺の分は必要ない。もしつけたければ君が俺の宝石として指をからませてきてよ。常に君のそばにいる栄誉えいよを手にできたんだ。俺は君が膝の上に乗ってるだけでがんばれる。早く天使界を綺麗さっぱり消し去ろうね!」
 ニコニコ笑いながらするりと手を繋いで指を絡められ、ナイロフイースは照れればいいのか発言の物騒さに引けばいいのかわからなかった。
「さあ、行こう。君もきっと気に入るはずだ」
 闇改め黒の神殿の外に誘導され、久しぶりに外に出ると、そこには破壊されて見る影もなかったはずの天使界が昔以上の輝きでナイロフイースを迎えた。まるでそんな事実はなかったとでも言うように、自然も建物も修復され、以前よりも輝いて見える。
「どういうことだ!? この間のあれは幻覚だったのか……!? あっ、もしかしてここは天使界じゃないとかいうオチが……」
「あはは、驚いた? 俺、がんばっちゃったよ。もちろんここは俺が滅ぼした天使界だ。正確には天使界だったものかな。天使界そのものと天使を殺した後にいろいろいじくって楽しく死体処理できるように工夫したんだ! まあ、死体と呼べる代物ばかりじゃないけど、腐敗するペース以上に消滅させてるから臭わないし、君に触れるのは全部俺か俺が作ったものだから俺以外が君に触れることはない。この瞬間からこの世界は最高に楽しい君の遊び場だ!」
 狂っている。選択権なんてないに等しかったけど、結婚早まったかな……かくかくした動きのまさに死体という感じの天使がふらふら歩き回っているのを目撃して、ナイロフイースは思わず天を仰いだ。やはりこいつこそ邪神だとラランプリシアのあふれんばかりの笑みに確信を深めたが、新しい天使界を見て回るべくナイロフイースは歩き出した。

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