天龍双

こっち見て仔犬君

 限りなく成就じょうじゅする可能性の低い恋をしてしまったら、どうするのが正解なのだろう。先輩と後輩で、同じ放送委員会。良好な関係をきずいてはいるが、それ以上の接点はない。
 後輩である大好きなあの子の隣を、片想いをくすぶらせた美形が常に独占している現状は、決して楽観視できるものではない。もっとも己も外見では引けを取らないが。
 ちょっとばかり色を抜いた明るい茶髪に、端正たんせいな甘い顔立ち。自慢でも自惚うぬぼれでもなく、純然じゅんぜんたる事実として水無月みなづきかおるは女にもてる。
 しかし意中の相手以外に好意を寄せられても、自身の評判を落とさないように気を遣って断るのが面倒だと思う程度で、心は動かない。そんな厄介ごとにも利点を見出みいだすとすれば、大勢から求められることで、ある種の付加価値が生まれたように見えることだろうか。
 多くの者が欲しがるものなら、例え興味がなくとも、手に取ってみたくなるのが人情だ。薫が想うあの子は、大衆心理に反発するようなしゃに構えたたちでもない。
「水無月はとことん彼女を作らないよなー。お前くらいもてると、校内の女じゃ物足りないわけ?」
 意識して作り上げた軽い雰囲気に、見事にだまされてくれた同級生が、嫉妬まじりにからかってくる。
「まさか。前も話したけど、俺は好きな子以外とつき合わないよ。これでも片想い中なんだ」
 遊び人に見えても、実は一途という意外性に揺さぶられる者も思いのほかいるようで、薫に告白してくる子は、何も頭の空っぽな女ばかりではない。
 だからこそ慎重しんちょうになるのだ。外見をこね回すことに気を取られ、同じように外面でしか判断できない者とは違い、こちらの内心までみ取ろうとするさとい女もいるから。
「いい加減誰が好きなのか教えろよ。お前の場合、人妻とかに熱を上げてそうで、聞くのが怖いけど……」
「内緒! 俺、本気過ぎて話題にも出せないの」
「水無月はそういうところ初心うぶだよなー。もてるけど片想いをつらぬくとか嫌味だけど」
小堀こほりだってバスケ部のエースで、後輩に人気あるじゃん」
「もう引退したけどな! あと男に人気あっても全く嬉しくない」
 渋い顔をする小堀は、顔の造形があまりよろしくないせいか、身体能力は高いのに女子人気が低い。彼は男にしたわれるタイプだ。
「男に好かれる男は、本当に良いやつだよ。女受けはしなくても」
「お前は一言多いよな!」
「ははっ、小堀は性格良いし、収入高い職業にけば、もてると思うよ」
「……夢も希望もないこと言うなよ。俺はそういう物質的なことじゃなくて、もっと心が通じ合うようなのがいいというか……」
「ごめん、ごめん。姉の婚活を間近で見てると、つい」
「水無月の女性観って結構シビアだよな。だからこそどんな女に惚れてるのか気になるんだけど」
 追求しても無駄だと思っているのか、小堀はそこまでしつこくない。もてない男のひがみはあるようだが、基本的に彼はさっぱりした良いやつなので、薫が本音でつき合える数少ないクラスメートだ。
 友人と呼ばないのを、自身のマイノリティーを理由にするのは、少し卑怯ひきょうだろうか――薫は自嘲じちょうした。薫は己の嗜好しこうをひた隠しにしている。周囲に排斥はいせきされるのを恐れたと言えば語弊ごへいが生じるし、他の誰に否定されたとしても気にならないが、唯一己が心を傾けた想い人に拒絶されるのだけは嫌だった。
 世間に認められたい、なんて周りの後押しがなければ貫けないような脆弱ぜいじゃくな精神性は持ち合わせていないが、薫のせいで想い人が辛い目にうのも忍びない。
 薫は昔からずっとこのようなことを考えてきた。想い人もいない小さな頃からなんておかしな話だが、こういう性質なのだろう。恋愛対象が男だと自覚した時から、薫は好意を寄せた相手に拒否される未来を回避するべく、徹底的てっていてきみずからを隠蔽いんぺいしたのだ。
「俺には割と率直な物言いをするけど、水無月って女子にはすごく優しいよな」
 小堀は恨めしげで、どこか心配そうな眼差しを向けてきた。
「そんなに気を張って疲れないか?」
「姉上に女性には優しくすべしって叩き込まれてるからさー。一種の条件反射だね」
 薫は動揺を気取られないように、細心の注意を払った。女性の気分を害するとろくなことにならないと、姉や親類を通しての経験から、紳士的に振る舞っているに過ぎないなどと知られては困るのだ。
 女に欠片かけらも興味がない男など一般的ではなく、それだけで疑惑を持たれてしまうだろう。
「そういう態度を取るから馬鹿みたいに好かれるんだよ」
 小堀は非難がましい。
「えー、俺はちゃんと一線は置いてるよ?」
 ただ薫ほど観察眼が鋭く、女性の機微きびを理解し、気がく男がこの学校にはいないのだ。どうしたって突出してしまう。
「まあ、好きな女がいることは公言してるけど……」
 小堀は不満そうだ。薫は好きな子という表現はしているが、一言も女だとは言っていない。
「水無月がもてるのは、大きい方の七瀬より納得だけどな。何であんなすかしたやつが……」
 うまい具合に矛先ほこさきれてくれたが、薫が校内人気二番手に甘んじているのは、一番もてる七瀬ななせ彼方かなたの隣にあの子がいるからだろう。七瀬勇樹――仔犬君が。凸凹でこぼこ七瀬コンビとして校内では有名な二人だ。
「彼方君は正統派の美形だからさー。背も高いし、勉強もスポーツもできて、周囲にびないクールな男ってもてるんだねー」
 少なくとも学生のうちは。あそこまで女にそっけないのに、寄って来られるのも珍しい。
「あー、水無月は同じ委員会だっけ……放送の時もだけど、大きい方の七瀬の態度で人気あるってのがなー。女ってよくわからない」
「小さい方の七瀬――仔犬君が彼方君の取っつきにくさを緩和かんわしてるんじゃない? 仔犬君はいい子だからさ」
 思った以上に声音に特別さがにじんでしまったが、小堀は気づかなかったようだ。
「ああ、勇樹はテンション高いけど、良いやつだよな。大きい方の七瀬にも物怖ものおじしないから、見ててすかっとする」
 小堀も仔犬君には好感を抱いているようだ。
「顔だって悪くないのに、女子人気がないのもいいな!」
 がははと笑う小堀は、どこまでも非モテ同盟を引きずるらしい。仔犬君はかわいい顔をしているが、そのあだ名の通り元気一杯で騒がしいので、女子には男として見られていない。
 もう少し厚遇こうぐうされてもいいとは思うのだが、女のかんというやつだろうか。あるいは七瀬彼方の態度が原因かもしれない。
 七瀬彼方が七瀬勇樹を友達以上に思っているのは、薫にはお見通しだ。同じ苗字で常に出席番号は前後、中学からのつき合いで、委員会も部活も同じな腐れ縁だと聞いている。彼方は薫の恋敵なのだ。
 彼方は女子が仔犬君に近づくのに良い顔をしない。本人は隠しているつもりだろうが、女子が仔犬君に話しかけると、ぴりぴりしている。よくぞあれで疑われないものだ。
「そういや大七瀬も彼女作らないよなー。女子の告白を辛辣しんらつに断ってるんだろ? 何で嫌われないんだか……」
 小堀の中には同性愛者という概念がいねんがないだろうが、一応納得のいく理由をげておく。
「何か母親のせいで女にトラウマあるんだって。仔犬君から聞いた。彼方君って今は父方のおばあさんの家で暮らしてるらしいよ」
 あまりに彼方の態度が酷いからだろう。仔犬君は一生懸命周りに説明していた。仔犬君がいるからこそ、彼方の振る舞いは許容されているのだ。
「あー、まあそれぞれ家庭の事情ってあるからな……」
 小堀はそれでほこおさめたが、薫としては彼方が仔犬君に甘え過ぎていて面白くない。
「でも彼方君はもう少し人当たりを良くしないと。次の放送委員長に俺は仔犬君をしてるんだけど、今の委員長と先生は彼方君がいいみたいなんだよね」
 夏休みが明けたばかりで、引き継ぎは秋を過ぎてからの話だが、教師は成績優秀者を起用したいようだし、眼鏡委員長は仔犬君を副委員長にえたいらしい。二人の考えもわかるが、薫としては委員会でまで仔犬君に彼方の尻拭しりぬぐいをさせたくなかった。
「ふーん。お前もいろいろ悩んでんだな。こっちはあっさり次のキャプテンが決まってよかったと言えばよかったか……」
「俺も揉める気はないけど、やる気のある子になって欲しいし」
 彼方は自ら率先して皆を引っ張っていくタイプではない。仔犬君の方が向いているのだ。
「まあ、水無月もがんばれよ。俺は夏で燃え尽きたわ……夏休み明けの自習なんて余計やる気出ねーよ。この課題プリントも意味わかんねーし」
 夏休みの提出課題が終わっていない者は、プリントそっちのけで必死こいているが、宿題を出した者も、この課題に取り組む意義を見出せないようだ。
「何で『夏休みの自由研究で最も有意義だと思ったものを挙げ、その理由をべよ』なーんて、あってもなくてもいいようなものを……どうせ国吉くによしのやつ、課題プリント作るの面倒で、体裁ていさいだけ整えようとしたんだぜ」
「文字数制限もないし、採点されるわけでもないから割合楽だと思うけどね。ものは言いようだよ」
 本腰を入れて書く気にもなれないので、薫は適当に済ませた。
「水無月は何て書いたんだ? どれどれ……あさがおの観察? おまっ、小学生じゃねーんだから!」
 ぶはっと吹き出した小堀は、つぼに入ったようでひーひー笑っている。
「俺はいいテーマだと思うよ? あさがおの観察日記をつけるために、休みでも朝に起きる習慣をつけられる」
「意外とまじめな理由を書いてるな! 何でこのチョイスで、生活習慣の乱れから起こりうる弊害へいがいと、人生観にまで話を発展させられるんだよ」
一事いちじ万事ばんじって言うからね。ちょっとしたおふざけだけど」
「うわー、これだから秀才は……水無月ってテストでいつも五番以内に入ってるもんな……」
「この前は三位でした」
「爆発しろ。あー、何でこう天は水無月に二物にぶつも三物も与えたかなー」
「えー、俺結構努力の人よ? それに小堀だって成績良いじゃん。文武両道」
「お前に言われても嫌味にしか聞こえねーよ。大体二十番台だし、お前みたいに口もうまくないし……特に女子の前では」
 結局小堀の話は女子に行き着く。そんなに彼女が欲しいのか。
「小堀みたいなタイプを誠実だって思う女の子もいると思うよ?」
 その不器用さを好意的に解釈かいしゃくしてくれる女子が。
「水無月の発言はどうも腹に一物いちもつあるんだよなー。まあ、俺に彼女ができたら相談させてもらうから、お前の見立ては頼りにしてるけど」
 小堀は薫に恋愛アドバイザー的な役割を求めているから仲良くしている、とは思わないが、かなり期待されているのは確かだ。
「小堀は彼女が欲しくて仕方ないんだねー」
「当ったり前だろ。こちとら健全な男子高生だ!」
 思春期の男の頭の中は、大抵煩悩ぼんのうまみれだ。薫だって小堀と対象は違えども、似たり寄ったりだろう。それを表出させないだけで。
 仔犬君が俺の頭の中をのぞいたら、泣いちゃうだろうな――薫はほのかな情欲じょうよくを含んだ笑みを浮かべた。
「あ、今俺を馬鹿にしただろ!」
 誤解して憤慨ふんがいする小堀に、薫は取りつくろうように慌てて見せた。
「怒るなって! 小堀を馬鹿にしたんじゃないよ。ちょっと親近感がいたというか……」
「親近感だあ?」
「そう。小堀って彼女募集中の割に、女子に積極的じゃないじゃん?」
「う……奥手で悪かったな。俺はお前みたいに女子と話すの慣れてないし、嫌われたらこえーし……」
「そういうところ一緒だなって。俺も好きな子には全然アプローチできてないんだよ。本気であればあるほど、拒絶されるのが怖くなる」
 仔犬君には特に親切にしているので、好印象を与えられているだろうが、恋愛的な好意をほのめかすことなどできるはずもない。
「……一緒じゃねーよ。俺はお前みたいに好きな女がいるわけじゃなくて……俺のうわついた気持ちと、お前の一途な想いを同列に並べるべきじゃない。お前のはもっと綺麗だ」
 小堀のこういうところは、素直にすごいと思う。
「うーん、小堀が後輩に慕われるのわかるなー。男気があるというか、いさぎよいというか……よし、機会があったら、お前のこと女の子たちにさり気なくプッシュしておくよ」
「まじで!?」
 凄まじい食いつきだ。
「あくまでもチャンスがあったらだよ。あんまり期待しないでね」
「お、おう! わかってる……!」
 話を逸らすためとはいえ、少し早まっただろうか。薫の恋情は、小堀の言うような美しいものではない。友人に公表するのすらはばかられ、出口をき止められたこの想いは、卑屈ひくつに積もる一方だ。
 つの飢餓きが感がどうしようもないほどに薫をさいなむ。
「俺もたとえ水無月の本命が人妻や熟女、幼女、果ては血の繋がった妹でも、応援してやるからな!」
「……どうも。俺に妹はいないけどね」
 気持ちだけはありがたく貰っておく。
「ところで水無月の姉ちゃんって美人?」
「……婚活で苦労してる時点でお察しください」
 曲がりなりにも薫の姉なので、容姿は人並み以上だが、性格になんがある。
「そうやって隠そうとする。お前の姉ちゃんなんだからきれい系だろ? お前って本当人を褒めないよなー」
「おかしいな、俺はついさっき小堀を絶賛した覚えが……勘違いだったなら、女子に紹介する話もなかったことに……」
「すんません! どうかよろしくお願いします! あー、何て言えばいいのか……要するにお前って全肯定しないよな。手放しでは褒めない」
 小堀はキャプテンを務めていたからか、気がつかないようでいて、案外核心かくしんを突く。
「俺は結構細かいからねー。大雑把なカテゴライズで、一緒くたには扱わない……一つの長所に接して、短所が見えなくならないって言った方がわかりやすいかな?」
 ふざけた調子で、言葉の鋭さをやわらげたが、小堀は引いた顔をしている。
「その返答の時点で、食えない感じだよな……」
「失礼だなー。俺はこんなにも誠実なのに……」
「あー、うん。まあ、水無月は嘘ついたり、ごまかしたりはしないけど……」
 薫の正直さは意地悪と紙一重だ。見て見ぬ振りを許さず、逃げ道を残してやらない。
 人間関係を円滑にするために嘘をつくなんて、力不足ゆえに真実では渡り合えないだけだ。嘘を重ねるたびに自らの成長の芽をみ取っていることに、何故気づかないのか。
 殺伐さつばつとした気持ちで薫は窓の外をながめた。何のわだかまりもなく他者を賞賛しょうさんできる者は、余程自分に自信があるのか、純粋なのかのどちらかだろう。いろいろと屈折している薫が、常に素直に褒められるのは、仔犬君のことくらいだ。
 好きな相手には純粋になれる反面、どこまでもくらい欲望をはらんでいるのだから、この想いはもうぎりぎりのところまできている。いつまで優しくて親切な先輩の顔を維持できるだろう。
 これでも薫は仔犬君と距離を縮める計画を練っているのだ。彼がノーマルでも諦められない。諦められるわけがない。
 仔犬君が好きで好きで仕方がないから、誰よりも彼を幸せにできる男になろうなんて、我ながら必死過ぎる。
 仔犬君が携帯を持っていないから、二の足を踏みがちだが――と思い、薫は苦笑した。詰まるところ怖いだけなのだ。だが委員会を引き継いだら、接点がほとんどなくなってしまう。大学だって同じところに来てくれるかもわからないのに……学力的な意味でも。
「俺もそろそろ踏み出さないとな……」
 裏表がなく、まっすぐな仔犬君に、恋の駆け引きは通用しないだろう。はっきりと想いを告げるしかないのだ。スマートに積極的に、こちらのペースに彼を引き込むところから始めよう。
「お、とうとう水無月は告白を決心して――?」
 面白がる素振そぶりを見せた小堀だが、一転して気まずそうな表情になった。
「お前、それ愛を告白するって顔じゃねーよ」
「えー、何それ。俺の胸は恥じらいに染まり、こんなにもドキドキしてるのに」
「いや、何か怖いというか……」
「失礼な。俺は愛の狩人かりうど――なんて寒いかな?」
「だから怖いって」
 薫の目はそんなにもぎらついているのだろうか。あの子をおびえさせないためにも、今しばらくはこの獰猛どうもう衝動しょうどうなだめなくては。さて、どうやったら仔犬君は薫を見てくれるだろうか。

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