1-01.こっち見て仔犬君
限りなく成就する可能性の低い恋をしてしまったら、どうするのが正解なのだろう。先輩と後輩で、同じ放送委員会。良好な関係を築いてはいるが、それ以上の接点はない。
後輩である大好きなあの子の隣を、片想いを燻らせた美形が常に独占している現状は、決して楽観視できるものではない。もっとも己も外見では引けを取らないが。
ちょっとばかり色を抜いた明るい茶髪に、端正な甘い顔立ち。自慢でも自惚れでもなく、純然たる事実として水無月薫は女にもてる。
しかし意中の相手以外に好意を寄せられても、自身の評判を落とさないように気を遣って断るのが面倒だと思う程度で、心は動かない。そんな厄介ごとにも利点を見出すとすれば、大勢から求められることで、ある種の付加価値が生まれたように見えることだろうか。
多くの者が欲しがるものなら、例え興味がなくとも、手に取ってみたくなるのが人情だ。薫が想うあの子は、大衆心理に反発するような斜に構えた質でもない。
「水無月はとことん彼女を作らないよなー。お前くらいもてると、校内の女じゃ物足りないわけ?」
意識して作り上げた軽い雰囲気に、見事に騙されてくれた同級生が、嫉妬まじりにからかってくる。
「まさか。前も話したけど、俺は好きな子以外とつき合わないよ。これでも片想い中なんだ」
遊び人に見えても、実は一途という意外性に揺さぶられる者も思いの外いるようで、薫に告白してくる子は、何も頭の空っぽな女ばかりではない。
だからこそ慎重になるのだ。外見をこね回すことに気を取られ、同じように外面でしか判断できない者とは違い、こちらの内心まで汲み取ろうとする聡い女もいるから。
「いい加減誰が好きなのか教えろよ。お前の場合、人妻とかに熱を上げてそうで、聞くのが怖いけど……」
「内緒! 俺、本気過ぎて話題にも出せないの」
「水無月はそういうところ初心だよなー。もてるけど片想いを貫くとか嫌味だけど」
「小堀だってバスケ部のエースで、後輩に人気あるじゃん」
「もう引退したけどな! あと男に人気あっても全く嬉しくない」
渋い顔をする小堀は、顔の造形があまりよろしくないせいか、身体能力は高いのに女子人気が低い。彼は男に慕われるタイプだ。
「男に好かれる男は、本当に良いやつだよ。女受けはしなくても」
「お前は一言多いよな!」
「ははっ、小堀は性格良いし、収入高い職業に就けば、もてると思うよ」
「……夢も希望もないこと言うなよ。俺はそういう物質的なことじゃなくて、もっと心が通じ合うようなのがいいというか……」
「ごめん、ごめん。姉の婚活を間近で見てると、つい」
「水無月の女性観って結構シビアだよな。だからこそどんな女に惚れてるのか気になるんだけど」
追求しても無駄だと思っているのか、小堀はそこまでしつこくない。もてない男のひがみはあるようだが、基本的に彼はさっぱりした良いやつなので、薫が本音でつき合える数少ないクラスメートだ。
友人と呼ばないのを、自身のマイノリティーを理由にするのは、少し卑怯だろうか――薫は自嘲した。薫は己の嗜好をひた隠しにしている。周囲に排斥されるのを恐れたと言えば語弊が生じるし、他の誰に否定されたとしても気にならないが、唯一己が心を傾けた想い人に拒絶されるのだけは嫌だった。
薫はマイノリティーである自身に対する引け目や劣等感を一切持っていないという珍しいタイプだが、だからこそ少数派特有の厄介ごとを根本から改善しようとする気持ちがなかった。かかる火の粉を払うことくらいはするが、別に周囲の理解や許容を得るために身を削ってでも世論を動かそうなどとは考えていない。
なぜ世の中には自分の不利益にも繋がるのに、己の属するコミュニティーにプラスになるという僅かな報酬――それは薫にとってあまりにも魅力のないものだった――だけで面倒ごとに立ち向かえる人がいるのだろう。
薫は世間に認められたい、なんて周りの後押しがなければ貫けないような脆弱な精神性は持ち合わせていないが、周囲の軋轢で想い人が辛い目に遭うのは忍びないと思う程度の良心はあるので、もちろんそういうことも少しは考えることがある。
だから恋愛は自由だと、今の時代に旧世代的な枷をつけるのはナンセンスだと、いかにも新しい価値観を柔軟に受け入れられる進んだ人間だと示すように、薫は普段から柔らかい態度で全てをいなしている。
薫は昔からずっとこのようなことを考えてきた。誰かを好きになったこともない小さな頃からなんておかしな話だが、全てに先回りしてある程度安定した道を構築したがる己の性質によるものだろう。恋愛対象が男だと自覚した時から、薫は好意を寄せた相手に拒否される未来を回避するべく、徹底的に自らの世に受け入れられにくい性質を隠蔽したのだ。
「俺には割と率直な物言いをするけど、水無月って女子にはすごく優しいよな」
小堀は恨めしげで、どこか心配そうな眼差しを向けてきた。
「そんなに気を張って疲れないか?」
「姉上に女性には優しくすべしって叩き込まれてるからさー。一種の条件反射だね」
薫は動揺を気取られないように、細心の注意を払った。女性の気分を害すると碌なことにならないと、姉や親類を通しての経験から、紳士的に振る舞っているに過ぎないなどと知られては困るのだ。
女に欠片も興味がない男など一般的ではなく、それだけで疑惑を持たれてしまうだろう。不本意な形で隠していたことが表出し、薫の想い人に構えられてしまったら困る。
「そういう態度を取るから馬鹿みたいに好かれるんだよ」
小堀は非難がましい。
「えー、俺はちゃんと一線は置いてるよ?」
ただ薫ほど観察眼が鋭く、それゆえに思いやりがあって、女性の機微を理解できる気の利く男がこの学校にはいないのだ。どうしたって突出してしまう。こんな本音を小堀に漏らしたら、どこまで自信家なんだよと呆れられるか、無言で叩かれそうだ。
「まあ、好きな女がいることは公言してるけど……」
小堀は不満そうだ。薫は好きな子という表現はしているが、一言も女だとは言っていない。
「水無月がもてるのは、大きい方の七瀬より納得だけどな。なんであんなすかしたやつが……」
うまい具合に矛先が逸れてくれたが、薫が校内人気二番手に甘んじているのは、一番もてる七瀬彼方の隣にあの子がいるからだろう。七瀬勇樹――仔犬君が。凸凹七瀬コンビとして校内では有名な二人だ。
「彼方君は正統派の美形だからさー。背も高いし、勉強もスポーツもできて、周囲に媚びないクールな男ってもてるんだねー」
少なくとも学生のうちは。あそこまで女にそっけないのに、寄って来られるのも珍しい。あんなに冷たい態度を取っているのに、その実態は優しさからきていると普通は気づかないので、大方見栄えのする外見と、それを引き立てる側面もあるあのボス猿的な振る舞いに彼女たちは引っかかっているのだろう。
「あー、水無月は同じ委員会だっけ……放送の時もだけど、大きい方の七瀬の態度で人気あるってのがなー。女ってよくわからない」
「小さい方の七瀬――仔犬君が彼方君の取っつきにくさを緩和してるんじゃない? 仔犬君はいい子だからさ」
思った以上に声音に特別さが滲んでしまったが、小堀は気づかなかったようだ。
「ああ、勇樹はテンション高いけど、いいやつだよな。大きい方の七瀬にも物怖じしないから、見ててすかっとする」
小堀も仔犬君には好感を抱いているようだ。
「顔だって悪くないのに、女子人気がないのもいいな!」
がははと笑う小堀は、どこまでも非モテ同盟を引きずるらしい。仔犬君は男にしてはかわいい顔をしているが、そのあだ名の通り元気一杯で騒がしいので、女子には異性として見られていない。
もう少し厚遇されてもいいとは思うのだが、女の勘というやつだろうか。あるいは七瀬彼方の態度が原因かもしれない。
七瀬彼方が七瀬勇樹を友達以上に思っているのは、薫にはお見通しだ。同じ苗字で常に出席番号は前後、中学からのつき合いで、委員会も部活も同じな腐れ縁だと聞いている。彼方は薫の恋敵なのだ。
彼方は女子が仔犬君に近づくのに良い顔をしない。本人は隠しているつもりだろうが、女子が仔犬君に話しかけると、ぴりぴりしている。よくぞあれで疑われないものだ。
「そういや大七瀬も彼女作らないよなー。女子の告白を辛辣に断ってるんだろ? なんで嫌われないんだか……」
小堀の中には同性愛者という概念がないだろうが、一応納得のいく理由を挙げておく。
「なんか母親のせいで女にトラウマあるんだって。仔犬君から聞いた。彼方君って今は父方のおばあさんの家で暮らしてるらしいよ」
あまりに彼方の態度が酷いからだろう。仔犬君は一生懸命周りに説明していた。仔犬君がいるからこそ、彼方の振る舞いは許容されているのだ。彼方のやり方はあまりにも己を顧みなさすぎる。彼には自分がどうなろうとも確実に物事を成し遂げようとする傾向があるのだ。一体何をそんなに深刻に考えているのやら。
己の障壁となり得る存在を理解するのは大切なことなので、薫は仔犬君を見るついでに彼方のことも観察している。決して共感はしないけれど。
「あー、まあそれぞれ家庭の事情ってあるからな……」
小堀はそれで矛を納めたが、薫としては彼方が仔犬君に甘え過ぎていて面白くない。
「でも彼方君はもう少し人当たりを良くしないと。次の放送委員長に俺は仔犬君を推してるんだけど、今の委員長と先生は彼方君がいいみたいなんだよね」
夏休みが明けたばかりで、引き継ぎは秋を過ぎてからの話だが、教師は成績優秀者を起用したいようだし、眼鏡委員長は仔犬君を副委員長に据えたいらしい。二人の考えもわかるが、薫としては委員会でまで仔犬君に彼方の尻拭いをさせたくなかった。純粋な嫉妬もある。
「ふーん。お前もいろいろ悩んでんだな。こっちはあっさり次のキャプテンが決まってよかったと言えばよかったか……」
「俺も揉める気はないけど、やる気のある子になってほしいし」
彼方は自ら率先して皆を引っ張っていくタイプではない。仔犬君の方が向いているのだ。
「まあ、水無月もがんばれよ。俺は夏で燃え尽きたわ……夏休み明けの自習なんて余計やる気出ねーよ。この課題プリントも意味わかんねーし」
夏休みの提出課題が終わっていない者は、プリントそっちのけで必死こいているが、宿題を出した者も、この課題に取り組む意義を見出せないようだ。
「なんで『夏休みの自由研究で最も有意義だと思ったものを挙げ、その理由を述べよ』なーんて、あってもなくてもいいようなものを……どうせ国吉のやつ課題プリント作るの面倒で、体裁だけ整えようとしたんだぜ」
「文字数制限もないし、採点されるわけでもないから割合楽だと思うけどね。ものは言いようだよ」
本腰を入れて書く気にもなれないので、薫は適当に済ませた。
「水無月はなんて書いたんだ? どれどれ……あさがおの観察? おまっ、小学生じゃねーんだから!」
ぶはっと吹き出した小堀は、つぼに入ったようでひーひー笑っている。
「俺はいいテーマだと思うよ? あさがおの観察日記をつけるために、休みでも朝に起きる習慣をつけられる」
「意外とまじめな理由を書いてるな! なんでこのチョイスで、生活習慣の乱れから起こりうる弊害と、人生観にまで話を発展させられるんだよ」
「一事が万事って言うからね。ちょっとしたおふざけだけど」
「うわー、これだから秀才は……水無月ってテストでいつも五番以内に入ってるもんな……」
「この前は三位でした」
「爆発しろ。あー、なんでこう天は水無月に二物も三物も与えたかなー」
「えー、俺結構努力の人よ? それに小堀だって成績良いじゃん。文武両道」
成績さえ維持しておけば案外目こぼしされることは多いので、薫はきちんと勉強している。
「お前に言われても嫌味にしか聞こえねーよ。大体二十番台だし、お前みたいに口もうまくないし……特に女子の前では」
結局小堀の話は女子に行き着く。そんなに彼女が欲しいのか。
「小堀みたいなタイプを誠実だって思う女の子もいると思うよ?」
その不器用さを好意的に解釈してくれる女子が。
「水無月の発言はどうも腹に一物あるんだよなー。まあ、俺に彼女ができたら相談させてもらうから、お前の見立ては頼りにしてるけど」
小堀は薫に恋愛アドバイザー的な役割を求めているから仲良くしている、とは思わないが、かなり期待されているのは確かだ。
「小堀は彼女が欲しくて仕方ないんだねー」
「当ったり前だろ。こちとら健全な男子高生だ!」
思春期の男の頭の中は、大抵煩悩まみれだ。薫だって小堀と対象は違えども、似たり寄ったりだろう。それを表出させないだけで。
仔犬君が俺の頭の中を覗いたら、泣いちゃうだろうな――薫は仄かな情欲を含んだ笑みを浮かべた。
「あ、今俺を馬鹿にしただろ!」
誤解して憤慨する小堀に、薫は取り繕うように慌てて見せた。
「怒るなって! 小堀を馬鹿にしたんじゃないよ。ちょっと親近感が沸いたというか……」
「親近感だあ?」
「そう。小堀って彼女募集中の割に、女子に積極的じゃないじゃん?」
「う……奥手で悪かったな。俺はお前みたいに女子と話すの慣れてないし、嫌われたらこえーし……」
「そういうところ一緒だなって。俺も好きな子には全然アプローチできてないんだよ。本気であればあるほど、拒絶されるのが怖くなる」
仔犬君には特に親切にしているので、好印象を与えられているだろうが、恋愛的な好意を仄めかすことなどできるはずもない。彼は恐らく恋愛事に無意識下の抵抗がある。
「……一緒じゃねーよ。俺はお前みたいに好きな女がいるわけじゃなくて……俺の浮ついた気持ちと、お前の一途な想いを同列に並べるべきじゃない。お前のはもっと綺麗だ」
小堀のこういうところは、素直にすごいと思う。
「うーん、小堀が後輩に慕われるのわかるなー。男気があるというか、潔いというか……よし、機会があったら、お前のこと女の子たちにさり気なくプッシュしておくよ」
「まじで!?」
凄まじい食いつきだ。
「あくまでもチャンスがあったらだよ。あんまり期待しないでね」
「お、おう! わかってる……!」
話を逸らすためとはいえ、少し早まっただろうか。薫の恋情は、小堀の言うような美しいものではない。友人に公表するのすら憚られ、出口を塞き止められたこの想いは、卑屈に積もる一方だ。どこまでも深く相手を貪り尽くしたい。
募る飢餓感がどうしようもないほどに薫を苛む。
「俺もたとえ水無月の本命が人妻や熟女、幼女、果ては血の繋がった妹でも、応援してやるからな!」
「……どうも。俺に妹はいないけどね」
気持ちだけはありがたく貰っておく。
「ところで水無月の姉ちゃんって美人?」
「……婚活で苦労してる時点でお察しください」
曲がりなりにも薫の姉なので、容姿は人並み以上だが、性格に難がある。
「そうやって隠そうとする。お前の姉ちゃんなんだからきれい系だろ? お前って本当人を褒めないよなー」
「おかしいな、俺はついさっき小堀を絶賛した覚えが……勘違いだったなら、女子に紹介する話もなかったことに……」
「すんません! どうかよろしくお願いします! あー、なんて言えばいいのか……要するにお前って全肯定しないよな。手放しでは褒めない」
小堀はキャプテンを務めていたからか、気がつかないようでいて、案外核心を突いてくる。
「俺は結構細かいからねー。大雑把なカテゴライズで、一緒くたには扱わない……一つの長所に接して、短所が見えなくならないって言った方がわかりやすいかな?」
ふざけた調子で言葉の鋭さを和らげたが、小堀は引いた顔をしている。
「その返答の時点で、食えない感じだよな……」
「失礼だなー。俺はこんなにも誠実なのに……」
これもある種のごまかしになるだろうか。要は薫の世界を美しく彩るものが著しく少ないだけだ。普通の人が魅力を感じるものに全くと言っていいほど惹かれないから、それらに対して感情によって生まれるブレがない。単純に仔犬君以外に肩入れしないとも言える。
「あー、うん。まあ、水無月は嘘ついたり、ごまかしたりはしないけど……」
薫の正直さはいじわると紙一重だ。見て見ぬ振りを許さず、逃げ道を残してやらない。
人間関係を円滑にするために嘘をつくなんて、力不足ゆえに真実では渡り合えないだけだ。嘘を重ねる度に自らの成長の芽を摘み取っていることに、なぜ気づかないのか。嘘はつくものではなく、相手につかせるものだ。嘘を見抜けない人にとっては困るかもしれないが、相手が嘘をつくということはそれだけ手持ちのカードに使えないものしかないということだろう。だからこそ嘘で塗り固めてガードしようとするのかもしれないが、自分でそこがウィークポイントだと教えるようなものだ。
嘘のレベルにもよるが、薫は相手がついた嘘から弱点を見つけるのが昔から得意だった。
殺伐とした気持ちで薫は窓の外を眺めた。何のわだかまりもなく他者を賞賛できる者は、余程自分に自信があるのか、純粋なのかのどちらかだろう。いろいろと屈折している薫が、常に素直に褒められるのは、仔犬君のことくらいだ。ある程度の段階まで準備をしないと一歩を踏み出さない性格が、どうしてもストレスを溜めてしまいがちなのだろう。
好きな相手には純粋になれる反面、どこまでも昏い欲望を孕んでいるのだから、この想いはもうぎりぎりのところまできている。いつまで優しくて親切な先輩の顔を維持できるだろう。
これでも薫は仔犬君と距離を縮める計画を練っているのだ。彼がノーマルでも諦められない。諦められるわけがない。
仔犬君が好きで好きで仕方がないから、誰よりも彼を幸せにできる男になろうなんて、我ながら必死過ぎる。きっと恋愛は――特に男同士のそれは――彼にとって未知の世界に飛び込むようなものだから、たくさん特典をつけないとそう簡単に飛び込んできてはくれないだろう。
仔犬君が携帯を持っていないから、二の足を踏みがちだが――と思い、薫は苦笑した。詰まるところ怖いだけなのだ。だが委員会を引き継いだら、接点がほとんどなくなってしまう。大学だって同じところに来てくれるかもわからないのに……学力的な意味でも。
「俺もそろそろ踏み出さないとな……」
裏表がなく、まっすぐな仔犬君に恋の駆け引きは通用しないだろう。はっきりと想いを告げるしかないのだ。スマートに積極的に、こちらのペースに彼を引き込むところから始めよう。
「お、とうとう水無月は告白を決心して――?」
面白がる素振りを見せた小堀だが、一転して気まずそうな表情になった。
「お前、それ愛を告白するって顔じゃねーよ」
「えー、何それ。俺の胸は恥じらいに染まり、こんなにもドキドキしてるのに」
「いや、なんか怖いというか……」
「失礼な。俺は愛の狩人――なんて寒いかな?」
「だから怖いって」
薫の目はそんなにもぎらついているのだろうか。あの子を怯えさせないためにも、今しばらくはこの獰猛な衝動を宥めなくては。さて、どうやったら仔犬君は薫を見てくれるだろうか。
改稿:2018-10-29