天龍双

仔犬君は考える

 七瀬勇樹は愕然がくぜんとした。圧倒的な大差で勇樹たちは落選らくせんしたのだ。放送委員会次期委員長は勇樹の親友の彼方かなただ。
 全校生徒の半数が彼方に投票し、勇樹たちの支持は全体の一割程度に留まった。不思議なのは票数と生徒の数が合わないことで、白紙による無効票が多かったことだ。
「勇樹君、ごめんね……」
 秀眉しゅうびひそめ、男にしては長い睫毛まつげせて落ち込む薫に勇樹は慌てた。
「何で薫さんが謝るんですか!? 委員長のあれは反則ですよ!!」
 もう委員長ではないのだが、志部しべ先輩はやはり委員長という印象が深い。あのパフォーマンスは理解不能だったけれど、あまりに衝撃しょうげきがあり過ぎたのだ。
 面白がって彼方に投票する男子も多かっただろうし、女子は彼方のコスプレで盛り上がっていたから、女子票が多く向こうに流れたのだろう。勇樹は女子にもてないので仕方ない。
「やっぱり実際に投票する相手が俺だから、薫さんの女子票も流れてしまったんでしょうね」
 勇樹は薫の女子票を当てにしていたわけではないが、少し悲しい。
 薫を好きな女子が勇樹に興味を持たないのは気にならないけれど「あんたなんかじゃ釣り合わないのよ」と言われているような気がする。被害妄想だろうか。
 校内新聞で薫に恋人ができたという記事が大きく出た時点で、女子の支持率が下がるかもしれないと彼は予想していたが、まさか実際そうなってしまうなんて。
 選挙前は新聞部がよく選挙特集を組んだ号外を配っていたが、実家が印刷屋の志部先輩はやはりあなどれない。
「勇樹君……」
「あ、別に俺はそのことを気にしてるわけじゃなくて……! うちの男子ってお祭り好きだから、委員長に投票する人が多かったんじゃないですか? 来年までめぼしい学校行事もないから、余計盛り上がったのかなあと」
 勇樹たちの高校は五月に中間テスト、六月に文化祭、七月に期末テストというスケジュールで、何故か体育祭と球技大会がそれ以前の四月にある。一年生は入学して二週間後に親睦会しんぼくかいの意味を込めて運動に精を出さなければならない。
 そしてスポーツができるかできないかで、勉強をのぞく男子のヒエラルキーが出来上がる。
 運動神経のよろしくない勇樹は、そこですっかり女子の視界から外れ、男子にはライバル扱いされず、逆にスポーツ万能の彼方はヒーローで一躍いちやくクラスのボスになった。
 勇樹はそういう彼方を素直にかっこいいと思うし、友人としてほこらしいが、一つだけ心配なことがあった。
 気のせいかもしれないが、彼方は学校で何をしていても楽しそうではないのだ。
 クラスで大勢おおぜいの人に囲まれても、勇樹が間に入らないと追い払おうとするし、女子にもててもむしろ不快そうな顔をする。
 母親のトラウマがあるのだろうと思った勇樹は、クラスメートに彼方を誤解して欲しくなくて、そのことを説明したり、あえて突っ込み役に回ることで、その刺刺とげとげしい雰囲気を緩和かんわしたりとさり気なく緩衝材かんしょうざいになったつもりだ。
 彼方は勇樹がすることをにやにやながめているが、自分から人の輪に入ろうとはせずに、放課後に家で勇樹と二人用ゲームで対戦したり、適当に借りた映画を見て感想を言い合ったりとまったり過ごす時間が一番楽しそうだ。
 しかし根っからのインドアというわけでもなく、ボーリングや、バッティングセンターで体を動かすのも好きで、カラオケやゲーセンに寄ることも多い普通の高校生だが、そこに勇樹以外を誘いたがらない。
 他人がいると邪険じゃけんに扱うので、勇樹は彼方と遊ぶ時に他の友達を誘わなくなった。
 だが彼方は勇樹と接近し過ぎるのも避けているような印象を受ける。二人きりを好む割に、あまり近づくと距離を置く。根っからの一匹狼タイプなのだろうか。
 奥底で相手をなぎ倒すためにいでいた憎しみのやいばを時折浮き上がらせながら、彼方は決してそれを振るうことなく、日日ひびを過ごしていた。
 今回の放送委員長選挙は、そんな彼方にとっては峰打みねうちレベルだろう。彼が抱え持つ刃を常人は目視することのできない達人の居合いあいだ。
 勇樹は彼方に負けたことを悔しくは思うが、そこに納得がいかないほど往生際おうじょうぎわは悪くない。意味不明な部分はあったものの、逆に清清すがすがしささえ感じている。しかし気分がすっきりしないのはどうしてだろう。
「あんなに薫さんと原稿を練って準備したのに、それを活用できなかったのは残念ですけど……」
 もやもやしているこの気持ちを何て表現したらよいのだろう。
「後悔も当然あります。でもそれは結果を出せなかったからじゃない。俺は薫さんと一緒に取り組んで、彼方と対立候補という立場でありながらも、どこかお客様でした」
 勇樹は蚊帳かやの外で、彼方と薫の険悪な雰囲気に首をかしげながら、その疑問を解消することもできずに、奔流ほんりゅうに流されただけだった。
「自分のことのはずなのに、俺は本質的には何もさせてもらえなかったような感じで、完全に俺の力不足なんですけど、結局核心かくしんには迫れませんでした……って、どうしたんですか!?」
 薫の顔色がどんどん悪くなっていくので、勇樹は目をまたたいた。
「どこか具合でも……」
「いや、そうじゃないよ。勇樹君にそんなふうに思わせてしまったなんて、彼氏失格だね」
「えっ」
 今更ながら、薫が使った彼氏という表現に勇樹は照れた。
「あ、全然失格なんかじゃないですよ!! 薫さんほどすてきなか、彼氏もいないですし」
 勇樹も薫の彼氏と言ってもよいのだろうか。
「お、俺も薫さんの彼氏なのに、かっこいいとこ見せられなくて……」
「……じゃあ、かわいいところをたくさん見せてもらおうかな」
 薫の顔つきが色をふくんだそれになり、勇樹はどきどきしたが、それ以上先には進まなかった。
「ああ、もう! 猛省もうせい中なのに、このまま何もかも忘れて勇樹君を堪能たんのうしたくなる」
 薫が地団駄じだんだを踏んでいる。意外な反応に、勇樹はぽかんとした。
「え、どうしたんですか?」
「あー、言いたくないけど言わなきゃだよね……うん、勇樹君、今からする話で俺を嫌いにならないでね?」
 念押しする薫を不思議に思いつつ、勇樹は頷いた。
「俺はね……今回の選挙戦でとんだへまをしてしまったんだ」
「へま……? 薫さんはすごく力になってくれて――」
「俺の実力はこんなもんじゃないよ! あ、自慢したいわけじゃないんだけども」
 薫は暗い顔で語った。
「彼方君の作戦は、志部君を利用して俺ごと墜落ついらくさせるものだったよね。予測はできていたんだから、俺がもっと動けばよかったんだ」
「何かよくわからないんですが……」
 薫と彼方の間の前委員長に対する共通した認識が勇樹には意味不明だ。
「要は志部ボムだよ。あー、俺は君を笑顔にするようなことしか言いたくないんだけど、今回はそこを彼方君につけ込まれたからなあ……」
 観念かんねんしたように薫は息を吐いた。
「うん。志部君って宇宙理論を振りかざして、今のあり方を否定して、いかにも自分はこの停滞ていたいした世界に革命を起こすみたいなノリだけど、要は野心のかたまりなだけだからね? 彼の思い描く世界には邪魔な俺を追い落としたいだけだし、宇宙に対して卑屈ひくつな思いを抱いた男の反乱みたいな感じだよ。そもそも元を辿たどれば志部印刷の手先というか……」
「何か急に壮大なんだか、そうでないんだかよくわからない話になりましたね!? 前委員長の野心!?」
「男の子だから、歪んだ形でも頂点を取りたいんじゃない? まあ、あとは小さいなりに地域に根を張ってる印刷屋の起死きし回生かいせいだよね」
 まさか前委員長の実家まで関わっているとは。
「何で薫さんが邪魔になるんですか?」
「あー、そこ気になるよね……うん。単純に俺に嫉妬してるのもあるだろうし、俺の志部君に対する態度もよくなかったし、対立の種はいろいろあったけど、まあ根本は志部印刷とLa vieじゃない?」
 何故ここで薫の実家が経営しているカフェ『La vieラヴィー』が出てくるのだろう。
「え、何か関係あるんですか?」
「ああ、かわいい勇樹君に大人の汚い世界を見せたくないけど、どや顔で彼方君に解説されるよりはましかな……元元もともとLa vieと志部印刷は違う組織というか……」
 言いにくそうな薫に、勇樹はぴんときた。
「支持する宇宙人が違うんですね!?」
「……かわいいなあ、もう。俺たちの実家は宇宙と交信する秘密組織じゃないよ。自営業組の所属するクラブみたいなものだね。派閥はばつなんて大袈裟おおげさなものじゃないけど、色んな業種が集まって、結構高い年会費を収めて何かと協力し合う関係でね、競合しないように同じ業種は入れない決まりなんだ。カフェはうちだけで、あとは文房具屋とか、銀行とか、レストランはみ分けできてるから入ってるけど」
 勇樹は穴があったら入りたかった。前委員長があまりに宇宙論を持ち出すものだから、てっきりそういうつながりかと……。
「うちのカフェが所属してるところは、実力主義というか、割と特色のあるこだわりの店で固まってるから……あー、勇樹君には面白い話じゃなくてごめんね」
「え、そんなことないです。教えてください」
 勇樹は薫が謝る理由がわからなかった。
「そう? 志部印刷はLa vieと同じクラブに入りたかったんだけど、志部印刷よりも相応ふさわしいと思える他の印刷屋を入れたからさ……皆で決めたものの、うちのカフェが矢面やおもてに立ったから、根に持たれちゃったんだよね……」
「えっ!? そんな背景があったんですか!?」
 思いも寄らぬしがらみに、勇樹は開いた口がふさがらなかった。
「親の家業にそこまで子供が影響されるものなんですか? 前委員長、演説でもそういうことは言ってませんでしたし……」
 薫の見解を否定はしないが、考え過ぎなのではないかと勇樹は思った。
「あはは、勇樹君はかわいいね。俺もこの予測が全てだとは言わないけど、今までの確執かくしつを見ればある程度わかるし、あー、志部君の本質を少しは理解してるつもりだから……」
「志部先輩の本質?」
 勇樹は志部を前委員長と呼んでもよいのか不安になった。虚像きょぞうだった志部が、実体をび、喉元のどもとい上がってきたような不気味な感覚だ。
「執念深い、他者を蹴落としてでも這い上がろうとする殉教者じゅんきょうしゃ――カルト集団ではないし、規律のある宗教団体でもない分、実体はつかみにくいんじゃないかな」
 薫の口振りから、勇樹は自然と志部教しべきょうという言葉を連想した。
「志部先輩は志部教を広めようとしてるんですね……」
 実家の印刷屋は仮の姿というやつだろうか。
「……んん!? いや、そういう意味じゃなくて、志部君は少し倫理観が壊れてるんだけど、多分その動機が卑屈ひくつさで、そこに壮大な宇宙論をからめながら、貪欲どんよくに現実的な路線を進んでるんじゃないかな」
「え? え? どういう意味ですか……?」
 勇樹は頭が混乱してきた。
「俺、薫さんみたいに頭良くないから、わからないです……」
 外見では釣り合わなくても、その分内面でおぎないたいのに、勇樹の頭脳では薫の話を半分も理解できていない。
「あああ、ごめんね、勇樹君……。俺、こういう話を他の人にしたことないから、うまく伝えられてないんだと思う。共有するつもりがないことを説明するのって難しいんだね……」
「どういう意味ですか?」
 同じ日本語を話しているはずなのに、勇樹は薫の言葉を難しいと感じた。
「うん、かわいい勇樹君を巻き込む前に俺が片づけたかったから、無意識にわかりにくい物言いをしてるんだと思う。ごめんね……!」
「片づけるって、片づけられるんですか?」
 勇樹は薫を慌てさせている自分が馬鹿なのではないかと悲しくなった。
「勇樹君は知らないと思うけど、選挙前の新聞部の記事はいちじるしくかたよっててね、宇宙論でオカルト的な空気を作りながらも、本質は志部王国の台頭たいとうを宣伝して世論よろんを誘導しようという意図を持った小さな校内新聞だったんだよ」
 勇樹が絶句するのを、薫は違う意味でとらえたらしい。
「志部君なりに戦略があって、まだつけ込む余地のある学生をターゲットにしたんだろうけど、校内新聞なんて皆あんまり読まないし、教員に受ける話題も取り扱わずに、内容が内容だから問題視されて、需要じゅようがないのを建前に部費もどんどん削られたという……だから実家が印刷屋の志部君の融資ゆうしによって彼の権限がますます増えていく悪循環あくじゅんかんさ」
「あの、志部王国って何ですか……?」
 薫に見えている世界を勇樹が把握はあくするには、用語解説が必要だ。
「うん、志部印刷を大きな会社にして、その社長として日本を牛耳ぎゅうじりたいんじゃないの?」
「……つまり志部印刷を大きくするために、校内新聞で宣伝活動をしてたってことですか?」
「そうだね。単なる足掛かりだと思うけど。昔ならいざ知らず、ネットの発達した現代で、若者相手に授業で強制されるわけでもない校内新聞なんて普通読まないでしょ。ましてやがオカルトに妙な論理的見解を突っ込んだ宇宙論じゃ、部数もさばけないよねえ……」
「撒き餌……?」
「面白い四コマ漫画でも興味を引くのは難しいよねえ……」
 だめだ、通じていない。薫の中では納得のいく話なのだろうが、勇樹はちんぷんかんぷんだ。
「本当に勇樹君には謝らないといけないよ。志部ミサイル発射で、俺を撃墜げきついした上に、放送委員会内のいさかいに辟易へきえきさせながら、なおかつ確実な女子票と、面白がった一部の男子票をうまく取り込んだ手法には舌を巻くよ。あー、俺がもっと志部なんかと手を組んでしまった彼方の足元を揺さぶってればなあ……彼方君、正気ですか路線。俺をおとしめるっていう二人の一致した目的以外の主張の違いに斬り込んでれば、もう少し健闘できたんじゃないかな……」
「そ、そうなんですか……?」
「うん。彼方君はあれでも志部君とは水と油ってくらい主義主張が相容あいいれないからね。彼方君は正義のやいばで俺を断罪したいから、誘導のために注目を集めても、嘘はつかないし。志部君のように明確な意図を持って、理不尽で本来ならばとても寛容かんようできないようなことを正義や宇宙平和に見せかけて広めようとはしないからね。まあ、あんなんと手を組んだ彼方君は、ある意味では問題提起ていきしたとも言えるかな。彼自身そういう目的もありそうだし」
 薫は今までとても明朗めいろうにわかりやすく話をしてくれていたのに、今回に限ってはぼかしているのか、勇樹にとって難解な解説をしている。
「勇樹君は志部教って言ってたけど、それもあながち間違いでもないかもね。ある意味では悪魔崇拝すうはいに近いんじゃないかな」
「あ、悪魔崇拝!?」
「うん。あくまでも俺の見解だけど、自分が神になって世界を統一しようみたいなことを考えるのは、悪魔崇拝じゃない?」
 薫は特徴的な話し方をすることに勇樹は気づいた。その語り口には何の感情も込められておらず、まるで生き物の生態を情緒じょうしょなく解説する理系教師のようだ。
「薫さんはすごく冷静に物事を見てるんですね……」
 勇樹は感心したのだが、何故か薫は挙動きょどう不審ふしんになった。
「えっ!? あ、そうかなあ……あはは、まあ、それなりにね」
「いろいろなことを深く考えるのってすごいと思います」
「……俺は勇樹君の方がすごいと思うけどね。俺のこれって勇樹君以外に対する冷酷で残酷な計算高い見解だし、単純に君を守りたいから、そういうのに敏感びんかんになってるだけだよ」
「冷酷で残酷ってよくわからないですけど……俺を守ろうと思ってくれてるんですか?」
「今回は守れなくて自己嫌悪だけど……はあ、俺の弱点は本当に我ながらどうしようもない」
 薫は肩を落としている。
「あの、薫さんが俺を守ろうとしてくれてるように、俺も薫さんのこと守りますから! 俺じゃ頼りないかもしれませんけど、がんばります。でも薫さんに弱点なんかあるんですか?」
 勇樹から見ると薫は非の打ち所がない。
「あるよ。致命的な弱点が」
 薫が絶望したような顔をしているので、勇樹は身構えた。勇樹には思いつきもしないが、余程深刻な問題があるのだろう。
「俺にとって勇樹君は傾国けいこくの仔犬なんだよ……」
「え? 警告けいこく? 俺って何か警告しましたっけ?」
「ああ、ごめん。言いづらくってついごまかしちゃったけど、俺は勇樹君の色香におぼれて何もかも放り出しちゃうタイプってことだよ」
「俺の色香!?」
 色事に弱い勇樹のどこにそんな色気があるのだろう。逆に勇樹の方が色っぽい薫にくらくらしている。
「勇樹君のかわいい姿を思い出すと、君以外のことに集中するのが難しくて……」
 薫の発言に勇樹はほおが熱を持つのを感じた。
「あの、そんな、思い出さないでください……!」
 勇樹は薫の前で見せた自分の顔を知らないが、絶対に知ったら後悔する。あんなにぐずぐずでとろけそうな感覚の中で、まともな表情をしているわけがない。
「夢でも君を思い出して、生きてて良かったって思ってる」
 薫は大げさだ。
「や、やめてください……そんなこと言われると、俺も恥ずかしくて集中できなくなっちゃいます……」
 勇樹は薫に触られるまで、自分の中にそういう欲求があることを自覚していなかった。何となく自分の手を使って欲を吐き出すことはあったが、そこに明確な欲情はなかったように思える。
「うん、勇樹君の反応がどんどんかわいくなっていくから、俺もその姿に夢中になっちゃって、あんまり自分の欲望には構ってなかったんだけど、それもよくなかったね。もう少し俺自身を満足させてれば、もっと冷静に判断できたと思うよ」
 言われてみると、勇樹は薫に高められるばかりで、キス以上のことは何も返していない。勇樹ばかりが気持ち良くなって、薫のことにまで気が回せなかった。
「あ、あのごめんなさい……どうやったら薫さんも気持ち良くなれますか?」
 勇樹も薫のように触ればよいのだろうか。
「え、勇樹君が謝ることじゃないよ! 俺が勝手に先に進められなかっただけだし。俺が攻めてばかりで、君にすきを与えなかったというか……だってかっこ悪いじゃん」
 薫がねたようにつぶやいた。
「勇樹君に触ってもらえたら、すぐ限界になっちゃうし。あんまり早いとかっこつかないから」
「え! それを言うなら俺のが早いと思います! 薫さんも知ってますよね? 俺はすぐにぐったりしちゃって、なかなかその感覚から抜け出せないというか……もう男としてどうかというレベルですよ?」
「じゃあ快楽の余韻よいんひたってる勇樹君を見るだけで暴発しそうな俺は何なのかな?」
 薫は余計拗ねてしまったようで、そっぽを向いている。
「多分俺も薫さんが反応してくれたら、それだけで満足しちゃいそうな気がします」
 耐久力に自信のない勇樹は、薫よりもこらしょうがないだろう。
「……初めてで唯一のこの恋を俺は大切にしたいんだ。だから嫌われたくなくて、つい自分をさらけ出せないんだけど、そういうわけにもいかないよね」
 勇樹はこちらを向いた薫の真剣な眼差しにどきりとした。
「ねえ、勇樹君。ちょっと帰りにトイレに寄っていかない?」
 集計結果は選挙戦の翌日の放課後に出て、それを薫と確認してからいつもの資料室に来たのだが、トイレを我慢させてしまっていたのか。
「いいですよ。荷物持っておきましょうか?」
「ううん。勇樹君も一緒だから」
 薫の意味いみ深長しんちょうな笑顔を不思議に思いながらも、ついて行った勇樹はトイレの個室に引っ張り込まれたのだった……。
 個室内で声を押し殺しながら熱を持ったお互いをり合せるのは、勇樹にとって強烈な体験だったが、一つ不満だったのは、薫が自己評価以上に持久力があったことである。

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