5-02.仔犬君に見せてあげる
水無月薫は最高に人生を
こうして男子高校生二人が共に入浴していても、誰も不審に思う者がいないのだ。勇樹は薫のすることをいつも
どうやら薫の口を
『俺は勇樹君を汚いなんて思わないけど、気になるんだったら、俺が
『じ、自分で洗えますから……!』
『じゃあ洗いっこしようよ』
勇樹は真っ赤になってうろたえていたが、薫がじっくりお願いしたら
『わ、わかりましたから……もう、その、お願いします……!』
勇樹は
『うん。周りを汚さないようにするいつものあれね』
思わせぶりな言い方をしたが、何てことはない。限界を迎える勇樹の欲を、トイレットペーパーで
薫は自分でうまくできるが、ぐずぐずに溶けてしまう勇樹は、手元がおぼつかないのだ。
勇樹は薫に我慢させてしまっているという引け目があるらしく、こちらの要求を
我慢しているのは確かなので、勇樹の好意に甘えているが、実際の原因は薫にあるのだ。一生懸命な勇樹を見ていたいから、薫はあえてどうすればこちらが良くなるかを教えない。
薫の様子を
そして薫の勇樹に対する感覚が変態的過ぎるので、できれば黙っていたい。
確かに勇樹は快楽に弱くて
薫は薫だけで、至上の
「あ、あの薫さん、そういう洗い方されると、俺はうまくできなくて……!」
「うん、俺のは後で大丈夫だから」
風呂場は声が響くため、勇樹はいつも以上に声を押し殺している。ボディーソープをたっぷり手に取って洗っているため、
「刺激の少ないものを選んでるから安心してね」
最初からこういうふうにしつこく攻める予定だったので、肌に優しいタイプのボディーソープを買っておいたのだ。強く
ああ、何て楽しく充実した時間なのだろうか。
「じゃあ、そろそろ本日のメインを頂こうかな」
あえて弱いシャワーでソープを洗い流すと、勇樹が身を震わせる。その後高級レストランの料理を味わうように、薫はかわいい仔犬に
薫はゆっくりと勇樹を自分仕様にしているが、完全にそうするには大きな壁があった。思い浮かべるだけでも
それは何も実際の行動だけを指すのではない。彼方は薫と勇樹の間に割って入ってくることもあるが、決定打を恐れるように踏み込まない領域があり、主にそれは勇樹の薫に対する気持ちと、二人の進展度合いを直視したくないからだろう。
裏で
薫よりも過ごした時間が長いのもあってか、勇樹は彼方に影響されている部分が
勇樹は彼方をストイックだと思っているようで、無意識に同調しているのか、性的なことに罪悪感を抱く傾向があるのだ。
『俺、まだ高校生なのに、こんなふうにき、気持ち良くなっちゃって、本当にいいんですかね……』
薫の口でたっぷりかわいがられて、
本人は特定の人物に向けてのものだとは思っていないかもしれないが、薫はそこに彼方の
勇樹は彼方を完全に誤解している。勇樹が思い
薫から見れば、よくぞそこまで食い違っていると感心するほどだ。彼方のために訂正する気など
彼方の思わくをそのまま伝えれば、勇樹の心は少なからず揺れるだろう。彼方への恋情は抱いていなくとも、親愛の情はあるのだから。
もう薫は勇樹が彼方に無意識に恋心を抱いているかもしれないなどと恐れることはない。本人の言うように、勇樹は薫を相手に初めて恋の好きを実感している。
では彼方など薫の敵ではないと宣言できるかというと、そうでもない。何故なら勇樹にとって彼方は大切な親友だからだ。
恋心を抱く親しい友ほど排除しにくいものはない。いつでも薫の
しかしそういうわけにもいかないので、今はじっくり勇樹に薫を教え込んでから、少しずつ彼を解放していくのだ。
彼方の呪いのような拘束力――それが強ければ強いほど、勇樹にとって彼方が大きい存在だというのが悔しいが――を弱めて、彼の比重ごと完全に消し去って、二人で幸せになる。薫の領域で。
今はまだ薫だけの場所ではない実家のカフェだが、いずれ自分が継ぐことになるのだから、今から好きにやらせてもらう。
表向きはしがないカフェだが、薫の大いなる計画の第一歩なのだ。愛する人を世界一幸福にする箱庭拡大計画の一環で、いずれ薫は全部の時間を勇樹に注げるような勤務形態を作り上げるつもりだ。
薫には才能がある。
膨らんだお金の使用用途をいかに適正化するかなどと、どこぞの政治家のようなことを言うつもりはないが、その気になればいくらでも費用を
結局は人の気持ちがお金を動かすのだから。どこまで生活の質を上げるかで使う金額が決まるのではない。何に使うかだ。
薫は全て勇樹に注ぐ。薫に継続的に必要なのは、将来的には二人で共有する予定の食費・光熱費と服代等最低限の生活費だけだ。
あとは建物の改修など一時的に払うお金や税金関係か。将来の構想に生活費や税金のことまで取り入れる高校生を見たら、大人たちはバブルが弾けた後の夢のない若い世代などと言って取り上げそうだが、取り上げる側の意図的な問題提起の思わくを除けば、想像力の
人間の欲を
彼方は放送委員長選挙で、あえて志部に逸脱者という言葉を使っていたが、本当のそれは薫のような者を指すのだろう。
一般的には、老後に必要なお金のことまで考えて悩み、いくら貯めなければならないなどと条件づけをしたり、何があるのかわからないのだからとなるべく支出を減らそうとしたり、逆に何も考えずにばんばん使ったり、自分のことには惜しみなく浪費したり、大抵が抜け出せない輪の中でぐるぐる行ったり来たりしている。
薫から見れば、全て人間の欲望で放出し続けるから、支出は増える一方で、返って来ないものに恐れを抱いているのだ。
薫は無欲なわけでも、
薫はより勇樹を深く味わうこと以外に、彼に尽くす以外に興味がない。そして彼には薫自身を刻み込みたいから、薫で全部満たしたいから、この身が健全で
愛情で使ったお金は、お金という形ではなくとも返ってきてくれる。それは心を豊かにして、際限のない欲を満足させ、本当に必要なものを見えやすくする。
幼少期から薫は必要な金額を必要なだけ集める才能に恵まれていた。笑ってしまうほどお金は人の思いが動かしている。だから薫にはどうすればよいのか視えるのだ。
それゆえに、この世界のお金のカラクリとでも言うべきものを、ある程度は把握しているつもりだ。良い子でない薫だからこそ、今まではその見解を誰にも教えようと思わなかった。勇樹以外には。
勇樹を観察すればするほど、彼が喜ぶことが物質的なものではないのがよくわかる。
勇樹は薫の手が込んだ料理をおいしく食べてくれて、幸せそうな顔をするが、真に彼を幸福にするのはそこに込めた愛情なのだ。手先が器用な薫が努力したというのも当然あるが。深い愛情があれば技術は
勇樹は本当に良い舌をしている。何事も想いが反映されるものだが、料理は特にそれが
薫は愛があれば誰もが一流シェフになれるとは思わないが、想いを
事実勇樹は薫の嫉妬のキスよりも愛情に満ちたキスの方を喜ぶのだから。薫は嫉妬したら、
それはそれで勇樹も
何て敏感でかわいいのだろう。薫の想い次第で、ただの触れ合いでも
だがここでゲームを
「ね、彼方君」
薫が笑顔で同意を求めると、彼方の殺意が
「落ちろ」
「えー、受験生にその言葉は禁句じゃない?」
一応人目があるからか、過激な言葉は使わないが、彼方はいつになく不機嫌だ。
「俺が言ったのは、そこの窓からってことだ」
「さらっと何怖いこと言ってるの!」
あえて薫は引いてみせたが、彼方が本気でないのはわかっている。勇樹の前で乱暴なことなどできやしないのだ。
「せっかく新旧の放送委員長副委員長が
薫はこっそり勇樹に目配せしたが、彼の表情は
あの選挙の後、教師たちの
続ける意義の感じられない集まりだ。関係性の悪化に
この
彼方は勇樹が悲しまなければ、すぐにでも薫を徹底的に排除しようとするだろう。逆に勇樹の心を動かす存在でなければ、
「水無月君、外野が
志部がきてれつな
部外者の誰もが踏み込みはしないが、
どこでどう間違えたのか、すっかりコスプレにはまってしまったらしい志部は、おどろおどろしいメイクと、
放送委員長選挙の時同様、頭には鹿の角をつけており、ますます悪化している。
「水無月君、僕も好き好んでこんな恰好をしてるわけじゃない。君と相対するゆえに、必要だったんだ」
薫はどこまでこの志部という男が嫌がらせのために
「へー、一応聞いておくけど、何でそういう恰好をしようと思ったの?」
「水無月君が僕を無視しないようにだよ!」
「いや、普段から無視なんてしてないでしょ……」
こうやって強烈な印象を残すことで、事実無根な薫の悪評を流そうとしているわけだ。やりすぎると逆効果だが。
「いや、水無月君はいつだって僕を相手にしない!」
「相手にしてなかったら、こんなふうに俺は君と向き合ってないよ」
厄介だ。この上なく面倒だが、薫が育ててしまったようなものだから、この根深い毒草を
どうしようもない負の連鎖を断ち切れない志部が、薫を絶対悪とすることで
中途半端な介入が、
「では問おう。どうして水無月君は僕の隣に座ったんだね? 何らかの意図を感じるよ」
志部は席順にまでいちゃもんをつける気か。薫の隣に志部、机を挟んで向かいに勇樹、斜め向かいに彼方という二年と三年で別れた形だが、確かに薫の趣味だ。
正面に座る勇樹を眺めて
最初に到着していた志部の隣に座ったのは、決して彼方への嫌がらせではない。勇樹とアイコンタクトを取る姿を彼方に見せつけたかったわけでもない。
一番の理由は勇樹の表情を見るためだ。
本意を察せられても困るが、見当違いな方向に
「志部君が思うような理由ではないよ。その衣装に俺は特別な感想を抱かないからね」
先ほど薫が提示したことは彼方に
「ここから先は俺と志部君の
問題を解決するなら、まずは組織から離れることだ。逆に長引かせたいのなら、組織を引き合いに出すが。
「個人を引っ張り出せばいくらでもやりようがある人間しか、そういう提案はしない」
彼方が
「あくまでも僕たち放送委員会の問題だからね!」
もう志部を生かしておく必要もなくなった。志部なんかを使って勇樹の反応を味わう遊びは今後不要だ。
「組織を理由にする人間は、本質的な解決を望んでいない。何故なら改革すべき組織は、個が集まって作っているものだから」
見逃していた
「そう思わない? 仮に組織を主題にするとしても、根本は放送委員会じゃないし。原因は俺たちの実家だよね」
薫が投げたボールを志部は取りこぼすわけにはいかないだろう。
「まさか水無月君からその話を持ちかけてくれるなんてね。カフェ『La vie』」
「そろそろ決着つけないといけないかなって思って。志部印刷さん?」