天龍双

文字拡大標準に戻す文字縮小

夕闇店舗開店中 x+1-002

「事故物件等ではなく、新しく切り開いた土地です。ここからなら東京にも近いので、いいと思ったのですが……」
 範田はんだは今若い夫婦に家を貸しているようだ。ぱっと見ただけでは普通の大きな一軒家いっけんやだし、庭を見せてもらっても特に異変は見当たらない。
あおいくん、この家は完全にあれですね」
 黒渕くろぶちがぼそりと蒼にささやいた。
「ああ。異様な雰囲気ふんいきがないところに限ってやばい例のあれだな」
 蒼と黒渕は以前似たようなケースをあつかったことがあるのですぐにわかった。
「あれって何ですか?」
 メイド服で出歩くのは悪目立ちするので、ユニセックスな私服に着替きがえた蜜未みつみがこてんと首をかしげた。立ち上げて一年後に事務所にしかけてきた蜜未は知らない案件だ。
「普通に考えて急所って急所だとはさとらせないよな? 触れて破裂はれつする爆弾ばくだんよりも踏んだことに気づかない地雷じらいの方がこわい。すぐにその場で発散されるいかりよりもんで爆発ばくはつする方が威力いりょく高いのは何となくわかるだろ?」
 蒼もあまり普段ふだんはそういうことを意識していないが、怒らせてもその場でそれを見せずに、後でより冷静に怒りの原因に濃縮のうしゅくした憤怒ふんぬをぶつけるタイプを怒らせてはいけないというのは基本だ。
 こういうことをおおっぴらに言うと、被害妄想ひがいもうそうおつで済まされてしまいそうだが、蒼はものすごく慎重しんちょうに動くタイプだ――他者からうらみを買わないように。スーツできっちり決めた格好をしないのも、ラフな服装が心地良ここちよいのもあるが、異様に社会人をうらむある一定の人種に目をつけられないためだ。この話をすると、最初は皆蒼の精神疾患しっかんを疑ってくる。
 きっちりした社会人のように見えるというだけでうらむ人なんて本当にいるのか? いぶかしむ蜜未に蒼はうなずいた。確実にいる。常識では考えられないことではあるが、大きな目で全体を見てめていくと、おのずと生き物の生態のようなものが見えてくる。
 社会人が仕事時に白衣にジーパンにサンダル。いいとししてだらしないと言われる方がデメリットだと普通は思うだろう。逆だ。敵を作った場合に限り、攻撃こうげきの的となるだけで、実はこの方が格段に動きやすい。なぜなら人間は無意識に見ないようにしているものを意識した瞬間しゅんかんが一番危ないからだ。
 蒼は少しずつ物事を解き明かし、その真実の姿をかびがらせる。その時に集団に属している、社会の歯車として動いているということを連想させる制服やスーツは時として凶暴きょうぼう衝動しょうどうを呼び起こす。
 集団から個を引っ張り出し、そこをくずすことで連鎖的れんさてきに大きなものを壊す。そういうやり方をしている蒼は、極力普通ではないという印象を相手にあたえるよう注意している。それを知った蜜未がメイド服を事務所の個人制服にしてしまったのは頭が痛いが、何だこいつらというふうに思わせれば、あとはそこに行動をともなわせて相手のペースをくずせば仕事がやりやすい。非日常を演出できているのなら上出来だ。実際非日常を体験してもらうことになるのだから、その入り口はわかりやすいにしたことはない。
 集団に属す人間がそれを壊そうとするのは、同じ立ち位置にいたと思っていた者からすれば裏切りと感じて糾弾きゅうだんされるだろうが、自分とはちがう場所にいる何だかわけのわからない人たちがいつのまにかその集団をくずしていたという方が、初期の動揺どうようおさえられるのだ。部外者が何をする! といきどおる中期にかるころには完全に息の根を止めているので、何事も改革は暗殺が基本だ。
 蒼は範田はんだの相談を受けて確信した。この案件を根っこから解決するには、範田は妻と別れる必要がある。この結論だけをぶつけても絶対に反発があるので――実際蜜未が事務所に入ってきた際に似たような事件で人非人と思われる結論を最初に教えたら、えらくののしられた――それはおくびにも出さずに、蒼は一つずつ真実をめて本人が納得なっとくするように全てをあぶす。
「わかりますけど、また何か壊すんですか? やめた方がいいですよ。お金と権力を持ってる人を怒らせると後がこわいですよ。範田様は温厚おんこうな感じですが、そういう方に限ってえげつない妨害ぼうがいとかしてくるんですから」
 範田は足が悪いらしく、つえをついているので、玄関げんかんの方で待っている。広い庭をぐるりと一周して確認しながら蜜未と話す。黒渕は範田とお金の相談をしているようだ。
「人聞きの悪いことを言うな。便宜上べんぎじょう壊すという表現をしてるだけで、実際は俺のわたる名推理で、気づいたら問題ごと全部消えてるんだ」
「ご主人様の自信満々なところ僕は好きですが、今までの依頼人いらいにんで物語みたいなハッピーエンドをむかえた方いらっしゃらないですよね。みんなを幸せにするのが名探偵めいたんていの仕事なんじゃないんですか?」
 蜜未がくちびるとがらせた。ご主人様呼びに蒼は小さくため息をついた。
残酷ざんこくなまでに真実をが夕闇ゆうやみ店舗てんぽのキャッチフレーズだ。一歩手前で足を止めておいた方が救いがあるように思える謎でも、くすのが俺の仕事だ。ま、俺の今の力量でできる範囲はんいだから、解き尽くしたって思ってもまだまだ謎は多いけどな」
 名目上は探偵だが、蒼は間違まちがっても自分を名探偵めいたんていだなんて思わない。残酷ざんこく死神しにがみだと責められたことすらある。顧客こきゃく満足度は決して高くない若輩者じゃくはいものだ。
「僕は個人的にご主人様の謎解なぞときスタイル好きですけどね。あんまりにも根本からたたつぶすんで、人死にはまだ出てませんけど、人を殺してるようなものですよね。でもどんな殺人よりもあなた様の謎解きは美しい。僕のご主人様……」
 また蜜未の悪いくせが出た。猟奇りょうき趣味しゅみではないが、人の死というものに興味を持っている蜜未に、蒼はみょうに気に入られてしまったのだ。誤解のないように言っておくが、蒼は一度たりとも人をあやめたことはない。今後も殺人者になって警察のお世話になる予定は一切いっさいない。
「そういうこと人前で言うなよ。さわやかにイカレてるのどうかと思うぜ」
 蒼は心中希望と死の倒錯とうさく者という二人ふたりの変人にわきを固められている。
「イカレてないですよ。ただ人は美しいものに魅了みりょうされる生き物ですからね。僕をくるわせるほど先輩せんぱいは罪作りな暗殺者なんですよ」
 蜜未が熱のこもった眼差まなざしを蒼に向けてきた。
「はあ……やるべき仕事さえきちんとやれば俺もうるさくは言わないが、俺が変態あつかいされかねない言動はひかえろよ」
 きちんと手入れされた庭木は、よく見ればところどころれていて、この土地が肥沃ひよくな大地ではないことをうかがわせる。
「変態じゃないですよ。僕も黒渕さんも至極しごくまっとうな幸せを求めてるだけです。仕事で成功することや、権力や栄誉えいよ、お金やひょっとしたら恋や愛よりも僕らを満たしてくれるものをほっするのは自然なことでしょう? もう少し具体的に言えば、僕らを苦しみから解放かいほうしてくれる唯一ゆいいつの手段という感じですかね」
 蜜未も黒渕もこの世界で生きることを苦痛に思う人種だ。蒼のそばでだけは息がしやすいと笑う彼らにあたえてやれるものなど何一つ持っていないし、持つ気もない。なぜなら彼らは蒼から何かを得たいわけではなく、物事の消えゆくさまをおのれの身に重ねて安堵あんどしているだけなのだから。
 終わりが来ることが嬉しい。どんな苦痛や苦しみも終わらせてもらえる幸せ。そういったものを彼らはほっしている。愛という麻酔ますいだけではもう自分をごまかせない段階にいるのだ。彼らを知った人は難儀なんぎなことだと思うかもしれない。
 蜜未と黒渕は世界のどんなものも喜びにつながらないある一定の特殊とくしゅな感性を持った人たちなのだ。黒渕は蒼と一緒いっしょに終わることに、蜜未は蒼が何かを終わらせることにがれている。
「俺はただ世界の謎を解きたいだけなんだがな」
 蒼はかわいいものが好きだ。複雑にからみ合った謎を解くと、とんでもなくかわいい何かの片鱗へんりんを感じるので、それを目指して走り続けている。そのかわいい何かこそ記憶きおくにはないが、蒼の求めてやまないものだ。
「ここにいるとやけに身体がだるくなりませんか?」
 蜜未がぶるりとうでをさすった。秋も深まり、肌寒はださむくなってきたが、この場所にいると一層具合が悪くなりそうだ。蒼は範田が事務所におとずれた瞬間しゅんかんから馴染なじみ深い身体の重さを感じていたが、元凶げんきょうに近づくとますますその感覚が強まる。
「ああ。これだけ世界に排除はいじょされようとしてるのに、気づかないで地雷じらいつづけるのがすごい。ここは貸家にしちゃいけない場所だ」
 事故物件ではないが、そんなものよりもよほど悪い。山や森を切り開いて人間の住む家を建てた土地には大抵たいていいる地球の白血球がもしもうらんだらどうなるか。人智じんちえた異常な出来事が起こる。昔の人はそれをたたりと呼んだのかもしれない。
「でもそんなこと言ったら人間の住む場所がなくなっちゃいますよ」
 蒼の解説に蜜未は不満げだ。
「そうだな。最初からそんなものないのかもしれない。だから昔の人はそういうたたりをしずめるために神事をおこなったんだ。長くその土地に住むには必要なことだったから」
「さすがにそれは言い過ぎじゃないですか? 昔の方が……まあ、これは日本でのことなので外国には当てはまらないかもしれませんけど、たたりをおそれたのは今ほど科学が発達してなかったからでしょう。迷信めいしんも多いですし」
「俺は今の人にはわからないことを昔の人がわかってたというか、正確にははだで感じてたんだと思うけどな。何となく空気を読む日本人らしい。自然の言葉にはならないものを読んで行動してたんだろ。人柱を立てることとか昔は普通にあっただろうし、それを野蛮やばんな風習だと一蹴いっしゅうするには、俺はあまりにもそういう不可思議に関わりすぎてる」
 蒼が解き明かした謎の多くは、常識では説明できない現象と共に消滅しょうめつした。ただどの謎も真の安寧あんねいを得たという自負はある。これ以上ない最高の終わりを提供したのだから。
「ご主人様のやることなすことに不思議な偶然ぐうぜんと謎現象がセットでついてきますから、僕もそこは否定できませんけど……ちょっとっちゃいけない場所に足を踏み入れたとか些細ささいなことでたたられちゃたまりませんよ」
「そうだな。だが俺らはこの世界に生まれた時点で、何らかのたたりを受けてると思うぞ。キリスト教の原罪じゃないが、おそらく何らかの大きな意思にはんしてここにいる。そうでなきゃ説明できないことが多すぎる」
「やめてくださいよ。ご主人様が言うと洒落しゃれになりませんから。何らかの大きな意思がどうのとか黒渕さんみたいですよ。ご主人様まで宇宙の創造主がどうのって言うんじゃないでしょうね」
「いや、俺は黒渕とは違うよ。創造主と呼べるような存在がいるならば、相当悪質な拷問ごうもん趣味しゅみがあるんだろうけどな」
 科学や歴史は偶然ぐうぜんに偶然が重なって発展してきた側面もあるというが、果たしてそれは本当に偶然なのだろうか。人間が認識にんしきできないだけで、いつの時代も大きな意思が働いていたと仮定すれば、それはとても残酷ざんこくなものだと蒼は考察している。
 蒼も人の子なので想像の域を出ないが、そういった仮定で物事を考えるとおそろしい結論に行き着くのだ。現実世界に表出した事象から辿たどって推察すると、それ以外の全てがひっくり返されるようなものが背景にある。
「ご主人様って実はすっごいネガティブですよね。普通は偉大いだいなる神様の愛に包まれてる人類とかそういう考え方しません? マゾヒズムの気があるんですか?」
 蜜未は蒼をご主人様あつかいする割に結構ずけずけものを言う。
「俺は厳密には人類を救う神はいないと思ってるだけだ。無神論者ってわけでもないが、人智じんちえたものに救われた人がいるなら、それはきっと人間よりももっと大きなもののためだ。同じことをしてもたたりを受ける人と受けない人がいるのもそういう人智じんちえた存在の事情がからんでるんだろ。理不尽りふじんに思えることだって、きっと人外の領域には理由がある。自分は平気でありつぶすのに、自分は自分以上に大きな存在から踏み潰されることがないと思ってる人間は、みんな楽天的だと思うぜ。俺はそういうの嫌いじゃないが、その視野のせまさが自分の首をめるんだろうな」
「範田様も気づかずに何か禁忌きんきおかしてしまって、奥様が異常な目にってるんですか? 確かに気分のいい場所ではないですが、この土地にそんな力があるんですかね。ご主人様を疑ってるわけではないのですが、今一つ信じきれなくて……」
 蒼の言うことは一歩間違まちがえれば霊感れいかん商法と変わらないが、目的は依頼人いらいにんから金銭を搾取さくしゅすることではなく、ただの謎解なぞときだ。完璧かんぺきくされた謎は、綺麗きれいに消える。
「こういう仕事をしてると、大抵たいていみんな行き着く先が自分の住む家の環境かんきょう改善だ。なぜなら人間はどうがんばっても自然環境に左右される。自然の法則で生まれて生きてる以上、自然が破壊された場所に住んでて健康にはならないしな。環境破壊だって一応世界のかかえる共通のテーマだ。そのテーマで個々に焦点しょうてんを当てれば、おのずとかびがるのが自然のサイクルを壊す不自然なもの。各家庭に当てはまるのは、汚染おせんされた空気や水、一部ではさわがれてる電化製品の電磁波問題……まあ、挙げればキリはないが、実は昔だって今と形はちがうもののそういう問題はあったんだ。本質だけを見れば昔から存在するもの……生きていく上でどうしても後回しにされがちな全体の快適さ。人間の快適さは追求されてきたけど、それって自然の快適さじゃないよな。まあ、もっと広く見れば地球にとっての快適さか」
「それを言われても、一般的いっぱんてきに地球がどう思うかとか考える人は少数派だと思いますけどね……いや、逆にそういうこと言う人ってなんか怪しくないですか?」
「怪しいな。俺も発言者が俺以外だったらまず疑う。俺は別にグローバリストじゃないしな。むしろ本質をめれば突き詰めるほど、俺はグローバリズムもナショナリズムもあまり意味をなさないと思ってる。これを言うと多分人格を疑われると思うが、究極国って世界からほろぼされようとしてる人類が生き残るために作った人間保護組織だろ」
 蒼は庭を見る際にポイントになる箇所かしょを確認しながら蜜未の様子を観察した。
「疑うというかどこかんでるんじゃないかなって心配になります。世界にほろぼされるって……他国とかそういう意味ですか?」
 蜜未は懐疑的かいぎてき眼差まなざしを向けてきた。
「いや、他国じゃなくて所謂いわゆる環境だな。人類は環境を破壊して、自然のことわりを正常に働かなくさせながら増え続けてきた。火を使って食べ物を調理するっていうのも動物はしない行為こういだ。はだかじゃ環境にも適応できないしな。人間は自然の枠組わくぐみからはみ出さないと生き残れないんだよ」
 蒼の発言に蜜未はまた始まったという顔をした。蒼は大まじめに話しているのだが、蜜未はいつもの発作ほっさのように思っているのだ。
「まあ、それに反論はしませんけど……ご主人様はアンチ人類なんですか?」
「俺も人類なのにそんなわけないだろ。ただ謎を解き明かすためにはそこがけて通れない道だから話題に出してるだけで。肉食動物と草食動物は自然の法則である程度均衡きんこうが取れてるというか、数を調整されてるだろ。今はそこバランスくずれてるだろうけど。人類だけが増え続けてるんだ。自然淘汰しぜんとうたされないのは自然を壊してるからで、本来自然は人類の数を減らしたがってるって仮定するのはそんなに突飛とっぴなことじゃない」
「そうかもしれませんが、この件と何の関係があるんですか? ご主人様は夢も希望もないことを言いますよね。災害とかに対してそういうことを言うのは不謹慎ふきんしんですよ」
「ああ。だが感情論で封殺ふうさつしていい議論じゃない。そこに目を向けないと、今後もっと悲惨ひさんな死に方をするだろうから言ってるだけだ。この件とも無関係じゃないというか、全部はつながってる。今は昔に比べて自然の力は弱ってる。だが今ほど環境破壊が進んでなくて、自然の力が強かった昔の時代も人類は減る数よりも増える方が多くて生き延び続けてる。そして一つの土地に長く住むということは、自然の力が強ければ強いほど顕著けんちょに出るたたりをうまくかわさなければならないってことだ。だけど地球の白血球相手に個々の人間が太刀打たちうちできるか? できるわけがない。仮に強大な力を持った宇宙が人類の存在を許してないなら、とっくにほろんでるはずなんだ」
「じゃあ普通に許されてるんじゃないですか?」
「許されてるならば、俺はもっと人類は幸せになってると思う。自然を尊び自然にって地球は美しいまま成長し、誰も苦しむことなく繁栄はんえいし続けられたんじゃないか? 地球よりも大きい存在である宇宙の発展に寄与きよできるようにな」
「そんな夢物語みたいな……進化しながら人間は発展してきたんですよ。きっと宇宙だってそうです。最初からうまくいくなんてことは……」
 蜜未ははっとしたようにだまんだ。どうやら気づいたらしい。
「人間が死んだら、人間が生きてる状態でしか生きられない寄生虫は死ぬ。当たり前のことだ。基本的に人間の死因は外因性の破壊と内側からの破壊だ。どういう状態を死と仮定するかにもよるが、普通に考えて地球が死んだら人類は生きられない。新しい宿主に移る方法があれば話は別だが、人間の死因と地球の死因はそうかけ離れたものじゃないだろう。すなわち外因性の破壊と内側からの破壊。この場合人間の環境破壊は内側からの死因につながる。だが俺は人間が地球にとどめをせるとは思ってない。地球を絶命させるには外側からの破壊も必須ひっすだろう。宇宙側だな。内側の破壊……病気とでも言うか。元気な人間なら病気を治す免疫力めんえきりょくがある。でも地球に人間の環境破壊から自力で立ち直る力はなくて、それを病と呼ぶならその病はずっと進行し続けてる。ということはゆるやかに死に向かってるわけだ。じゃあ宇宙の一部である地球が死にそうなのを、宇宙がだまって見過ごすかって考えると、それもおかしな話だ。だって病気って自分だけで解決できない事象が積み上がってなるもんだろ? ってことはその積み上がった事象に地球より大きな存在の宇宙が無関係なわけがない。自分に関係あることならまともに機能してりゃ対処するだろ。宇宙の問題が解決すれば、おのずと地球もその恩恵おんけいを受ける。だから宇宙は実はもう死んでるって考えると辻褄つじつまが合うんだ。人はそういうのをざっくりまとめて寿命じゅみょうと呼びたがるだろうが、寿命なんて本来ないんだよ。寿命ってのはその個体の耐久性たいきゅうせいを指してるにすぎない」
「そんなことって……」
 蜜未は青い顔でふるえている。
「どれくらい生きるかは、どこまでつなげてく力があるかってことだろ。仮に宇宙が進化し続けて、その末っ子のような形で地球が生まれて人類が生まれたなら、絶対にありえない現象が起こってる。ただそれは俺たちがうそをつけば成り立つものだ。命は尊いものだという嘘を」
 蒼の言葉に蜜未が顔を一層青ざめさせた。
「どういう意味で……」
 心の底ではある程度わかっているだろうに、蜜未はそれを認めたくないようだ。
「何で俺たちはいつまでっても自然を育てない? 人間より大きなものに利する働きをしない? 一般的いっぱんてきに考えたって自分より大きなものの力にならなかったものがそれを淘汰とうたしてえることはありえないよな? 壊すことはできたとしても。食物連鎖しょくもつれんさの頂点に立つとか植物を育てるとかそういう話をしてるんじゃない。人間よりも大きな生命体……地球全体から見て明らかに利よりも害の方が大きい時点で、地球から生まれた人間は地球をえることはできない。地球をつぶした次は宇宙進出だって言う人は一定数いるだろうけど、さっき言ったように宇宙は死んでるからそれは不可能だ」
「な、なんでそんなふうにいろいろ断言できるんですか……」
 蜜未にどん引きされたが、蒼の結論は変わらない。
「俺の推理は完璧かんぺきで、俺を裏切らないからな。宇宙だって昔は生きてたんだ。だけど今は死んでる。ってことは殺した存在がいるはずだ。俺はそれが宇宙の次の段階、進化によってもたらされた変革だと思ってる。だから黒渕が言いたいのも……いや、今はその話はいい。とにかく宇宙は死んでて、その次の段階にあるものを新しい宇宙とでも呼ぶ。命は尊いってうそおおい隠してるが、逆だろ。どういうふうに死ぬかが本当は大事なんだ。どう生きるかじゃない。どう死ぬか。人は死に向かって歩み続けてる。どのようにゴールテープを切るかが本来注目されるべき点なんだよ。人類は新しい宇宙に生きること……正確にはつなげて存在し続けることを許されてないが、終わらせることは許されてるんだ。むしろ終わること以外少しも許されてない。単純に死=終わりってわけじゃないのがポイントだけどな。この言い方だとわかりにくいか? 地球だけなんだ。人間みたいな生き物がいる惑星わくせいは。宇宙人の目撃もくげき情報とかもあるが、あれは八割型脳の病気だ。残りの二割は例外わくで、特殊とくしゅ状況じょうきょうじゃないと人間には見えない。本物は人間につかまるようなヘマはしないし、捕まっても仮のうつわだけ置いて逃げるしな」
 黒渕にはこういう話をしてもすんなり受け入れるが、蜜未は呆然ぼうぜんとしている。
「え、だから何でそんな断定できるんですか……脳の病気? 宇宙人って……」
「蜜未にはまだ言ってなかったな。俺は宇宙人なんだ。俺のひいじいさん……いや、正確には親父が宇宙人だったんだよ。黒渕も知ってる」
「何ですって!?」
 蜜未が仰天ぎょうてんして転びそうになっていたので、ひょいっと支える。
「あ、ありがとうございます……いえ、それよりもご主人様の発言が衝撃的しょうげきてきすぎて、いっそ転んで痛みを感じたかったです」
 蜜未は混乱しているのかぶつぶつ言いながら手をつねっている。
「大丈夫か? ついでに言っておくと黒渕も宇宙人だからな。向こうは俺に会うまで自分がそうだと気づかなかったっぽいが……」
「これ以上僕をまどわせないでください!!」
 蜜未に本気で怒られたので、蒼は口をつぐんだ。
「普通なら何馬鹿ばかなこと言ってんですかで終わりなのに、ご主人様と黒渕さんだとみょう信憑性しんぴょうせいがあって……あああ、僕はとんでもないところに就職してしまったんじゃ……!? いえ、でもご主人様についていくとあの時決めたんです。ご主人様が宇宙人だってその決意は……」
「もう庭は見終えたから依頼人いらいにんのところに戻ろう。この後奥さんにも会う予定だからな」
 蒼が声をかけると蜜未ににらまれた。
「人がなやんでる時にどうしてそうあっけらかんと……!」
「今は仕事で来てるんだから仕方ないだろ。行くぞ」

発行日: