夕闇店舗開店中 x+1-003
蒼が範田のところに戻ると、明らかにおかしな空気感になっていたが、黒渕は素知らぬ顔をしている。範田は全く気づいていないようだ。
「お待たせしました。奥様とはこの後ホテルのロビーで待ち合わせですよね?」
蒼も態度を変えずに話したが、少し遅れて来た蜜未が一瞬ぎょっとした顔をした。範田の周りに黒いもやのようなものが巻きついているのが見えたのだろう。今回は大物だ。もっともこれが見える人間はそう多くないだろうが。
「はい。妻も若い人相手ならそこまで苦手意識はないので大丈夫だと思います」
恐らく黒渕が特殊な方法でこの土地の所謂白血球のようなものにアクセスして、よりその真意を引き出すように手引きしたのだろう。地球の白血球――もう少しきちんと表現するのなら新しい宇宙の意思だが、蒼は黒渕の認識とは意見が異なる――は、さまざまな事情があってそれが表に出るほどわかりやすい形を取ることは滅多にないが、ちょっと手を加えると途端にその姿が浮かび上がる。
新しい宇宙はまるで古い宇宙を淘汰するかのように動いている。恐らく計画的に破壊を進め、大きい部分から壊して小さなものは優先順位が低いのだ。新しい宇宙にとって地球は人にとっての豆粒みたいなものだろう。そこまで大きいサイズの領域で起こっている事象を豆粒に住む小虫にもわかるように反映させるのは相当高い技術力がいる。小虫がそれに気づく時にはもう終わりが目前に迫っていることだろう。
なぜそんな豆粒を叩き潰してしまわないのか不思議に思うかもしれないが、叩き潰すと破片の処理が面倒になるから、完全消失する最も効率的なやり方を模索しているのだと蒼は考えている。塵すら残らない葬り方とはどのようなものか。
既にその方法の種は撒かれているに違いないので、それが芽吹く環境作りをしていると推測できるが、これからそこら辺も蒼が直接確認する機会が来るという予感がある。潜伏するそれらの種はいつ爆発してもおかしくない爆弾のようなものだろう。そのスケールが大きすぎるから、普通の人には把握できないだけで、いつその時が来るのか、全ては新しい宇宙のさじ加減一つだ。
今回の件では地球の白血球のようなもの――この場合問題になるのは白血球の怨念で、黒渕はそれをあくまでも残留思念と捉えているようだが、蒼はむしろ生き物のように感じている。もし生き物でなければ、自立型AIのような独自に進化を遂げる新しい宇宙に作られた化け物だ。新しい宇宙の怨念は、憎しみが強ければ強いほど対象の本質的な部分の破壊を成長しながら実行する。
この世界は全宇宙の1%に過ぎないが、人はそれを100%だと思っている。残りの99%は人々の認識できる範囲を越えているから、普段存在を意識することもないのだ。しかしこの世界ができるまでの道のりを形成しているのだから、無関係ではいられない。そういったことに目を向けられる人間は皆無だろうけれど。
真実に触れた人間は発狂する。蒼が平気なのは宇宙人だからだ。あまりにも当たり前すぎて見落としてしまうのかもしれないが、ちっぽけな人間が自分より大きくて強い存在に攻撃した場合、相手の強大さに見合った攻撃が返ってくるのは自然なことだ。小さくて些細なことだから見逃してもらえるなんてことはあり得ない。それだけ力を持っている存在がどうして塵一つ見逃すほど迂闊で寛大だと言えるのだろう。大きなものに小さなものが関わる時、必ず力のある大きい方のルールが適用される。
新しい宇宙を除く大宇宙が既に死んでいるから誤解されやすいのかもしれない。豊かな自然を支えるエネルギーが絶命しているなんて思いもよらないだろう。人も動物もエネルギーの死体から恩恵を受けて存命している。だがそのように屍肉を貪って生を繋げていくことを新しい宇宙は許しておらず、刻一刻とそのおどろおどろしい憤怒は募っていく。
それだけ巨大な怒りを今までは1%の世界にまで表出させていなかった。対象となる相手がこの世とおさらばした後に落とし前をつけさせていたようだが、死者すらもその真実を理解できなかっただろう。だから新しい宇宙の怒りを増大する方向にばかりもがいていた。これまでは新しい宇宙の真理を知られていない方が都合が良い部分もあったのだろうが、不利益の方が大きくなったから……正確には一層細部にまで手を入れる段階に突入したから、蒼のような宇宙人がこの地球に送り込まれたわけで。目覚めるのが大学時代という遅さだったが、それ以来蒼は由来こそ人間ではあるものの、覚醒宇宙人として使命を果たしている。
「初めまして。範田の妻の咲子と申します」
ホテルのラウンジで対面した範田の妻は、おっとりとしていて品の良い中年女性だ。どことなくかわいらしい感じの人で、とても女性に嫌われるようには見えない。
「夕闇店舗の所長、染桜蒼です」
名刺を渡して挨拶してから本題に入る。
「まずは基本からお話しします。おわかりだと思いますが、女性が女性を異常に攻撃する時、そこにはさまざまな理由があります。同じトラブルでも男性対男性、男性対女性、女性対女性、集団心理や個人差もありますが、今回のケースを少しずつ紐解いていきましょう。今までのトラブルについても事前に調査しておきました」
「早いですね」
蒼が資料を出すと、範田が驚いていた。最初の対面時に範田からトラブルの内容と関わった人物、場所について簡単に聞いていたので、黒渕が独自のネットワークで調べ上げたのだ。
「始まりは現在貸家にしてる〇〇市の戸建てですが、なぜこちらに居を構えたのですか? 職場は東京ですよね」
蒼の謎解きの基本は相手に話をさせることから入る。
「単純に地価の関係と、東京は通勤には便利ですが、私にとって住みたい街ではないのですよ。独身の頃は東京の実家暮らしでしたが、両親もそこを引き払って現在は県外のマンション住まいです」
「松林を切り開いて住宅地にしたんですよね。その際に地鎮祭はどの程度しましたか?」
「お恥ずかしながら私はそういうことに疎くて……仲間内でも不動産を扱うならきちんとした方がいいと言われてたのですが、形式的にしかしてませんね。先ほど黒渕さんに言われて初めて意識しました。オカルトにはいい印象がないので遠ざけてましたが、生き物の生態として考えれば至極当然のことです。人体のツボがあるように大地には大地のツボがあるのですよね。いやはや、驚きました。立地条件はいいのに人が定着せずに変なことが立て続けに起こる店舗もあるということを知ってるのに、どうして自分の家は違うと思ってたのでしょう」
範田は黒渕の説明を割とすんなり受け入れたようだ。
「もちろん私も全ての原因が最初の我が家にあるとは思ってませんが、思い返せばあの家では寝つきが悪く、どこかピリピリしてたからご近所ともうまくいかなかったのかもしれませんね」
範田は割とポジティブな方面に環境要因を受け止めている。逆だ。呪いを解けなかったから、最初だけでなくその後も尾を引いているのだ。呪い。蒼が引き受ける仕事のほとんどに宇宙の呪いが関係している。
「縁というものは不思議で、ある一定段階を超えると、みなさん判を押したように同じような特徴が現れる。その本質が姿を現わすと言ってもいいかもしれません。恐らくそれに気づく人は少数派でしょうが、共通してるのは大きな課題を片づける駒にされるということ。ああ、もちろん誰がそれを手引きしてるかによって駒の扱いは変わってきますが、そういったものは個々の生まれ持った縁とその他の自由選択で決まります。誰かというのはもちろん特定の人物を指す言葉ではありません。強いて言えば宇宙です。基本的に今の人たちはそこに注目していないので、嵐が去るのを待つしかないという消極的な対策しかできてませんね」
「駒……?」
範田は困惑しているが、咲子は息を呑んだ。
「私、心当たりがありますわ。主人と神社巡りをした際におかしな現象に見舞われましたの。恐ろしいことでしたから、それが神様のお声だとは思わなかったのですが、男の方のような低い声音で『アマを渡すな。既にその法則は壊れた。目覚めるのだ……』って冗談みたいでしょう? 私、とうとう幻聴が聞こえるようになったのかと思って怯えて寝込んでしまいましたが、それっきりでしたからただの疲労だとばかり……」
そこまでこちらに影響を及ぼせるのならば、とうとう新しい宇宙が本格的に動き出したと言える。蒼は予想通りだと思ったが、範田はうろたえている。
「それは初めて聞いた。どうして私に言わなかったんだ。この頃私は君から引き離される夢ばかり見る。どこの神社だ? まさか本当に祟りか何か……」
「祟りと言うと、どこか現実からかけ離れた捉えどころのないものに聞こえますので、夕闇店舗ではお客様に説明する際に、生命維持を阻害する要因の遠縁と呼んでいます」
黒渕の補足に範田はますます混乱している。黒渕は人が悪いから、わざとわかりにくい言い方をしているのだ。
「生命維持を阻害する要因の遠縁?」
「失礼。私から改めて説明します」
蒼が咳払いすると、杖をぎゅっと握って立ち上がりかけていた範田は席に座り直した。
「わかりやすく言い直すなら、免疫系統の過剰反応です。宇宙全体のと言うと大げさに聞こえるでしょうが、大地のツボで下手を踏むと、宇宙の免疫が異常な反応を返してくることがあるのです。これは科学的な証明ができませんので、あくまでも私たちの経験から勝手にそういう表現をしているだけですが……」
こういう話をしていると、蒼は自分が詐欺師になったような気分になる。範田にわかるように証明しようがないことなので、話術で納得させなくてはならない。宇宙人の蒼には見えて、人間の、しかも男である範田には絶対に知らされることはない真実を避けて言うので、どうしたって怪しい部分が出てくるのだ。
既に事切れているエネルギー――アマが尽きるこの世界ではもう嘘が本質的に壊れていく定めだなどと言っても通じないだろうから、普通の人間にも伝わるように丁寧に柔らかい言葉で説明して理解させる必要があるものの、それを本気ですると範田が死んでしまうので、加減しなくてはならない。解き尽くされた人間は死んでしまうのだ。蒼が解くのは依頼された謎だけで、依頼人をその場で死なせるような深入りは避けている。
謎解きのここが一番面倒だが、それを乗り越えれば得られるものは大きいので、蒼は踏ん張った。
「人間は増えすぎたのですよ。地球に自然淘汰されないなら宇宙がするという話で、運悪く最初の土地で龍の尾っぽを踏んでしまったゆえに、そこから連鎖して人類の増殖原因となる夫婦関係を壊そうと宇宙の免疫細胞のようなものが過剰反応してしまったのです。時折こういうことはあります。ここまで来てしまうとお祓いや環境学としての風水も気休め程度にしかなりません。ではどうすればいいのか? 簡単なことです。早く奥様を解放してさしあげることです」
ある程度の抵抗は予想した上で蒼は結論を述べたが、やはり範田は素直には受け入れなかった。
「私は妻と別れる気はない。私が依頼したのは、原因の究明と、次の引越し候補地の周辺住民の調査だ!」
「私は何も離婚を勧めているわけではありません。奥様の解放とは、言葉通りの意味です。奥様と今後も共にありたいなら、愛してるのならば、奥様の自由を制限するのをやめましょう」
範田は妻を監禁しているわけではないし、外出を認めないわけでもない。多少の自覚はあるだろうが、そういう意識はほとんどないだろう。
「私は妻を束縛してなどいない。私がついてないとトラブルに遭った時に心配だから、出かける時は基本的に一緒だが、それだって行き先は妻の希望を優先してる」
「あなたは一度だって奥様を女性の害意から守れたことはないんですよ。正論で論理的に常識でもって解決しようとしたって女性間の問題は男には手に負えないんです。特にこのようなケースでは。なぜならそれが宇宙の意思ですから」
蒼が口を開く前に黒渕が闇を孕んだ笑顔で宇宙ネタをぶっ込んでくる。
「おい、俺がこれから順を追って説明しようとしてるんだから、そういう怪しいことを言うな」
蒼が咎めると、黒渕は拗ねたようにくいっと眼鏡を上げた。
「蒼くんに少しでも消してもらえる依頼人が羨ましくて、ついいじわるしたくなるんです」
「いい歳こいて歳下に甘えんな。社会人に擬態してんだからそれらしく振る舞え」
蒼は小声で注意したが、黒渕はそわそわして我慢ができなそうなので、早く謎を解き終えなければならない。普段は常識あるエリートの立ち位置をさりげなく周囲に認知させている黒渕だが、蒼が謎解きに入ると途端に駄々っ子のような側面を見せ始める。この宇宙人め――蒼は自分を棚上げして黒渕に呆れた。
「範田様、私が申し上げたいのは、単純なことです。うちの黒渕が言ったように、女性同士の問題に男性が介入すると、どうしても女性の気持ちに寄り添えない男性は、上から押さえつける形で解決に導くことが多い。今回は通常の領域を越えてしまっていますが、奥様に対して周囲の女性が異様に敵対心を持つのもそこに理由があります。範田様は女性にとって非常に好ましい夫でしょう。奥様をとても大事にしておられて、私のような若輩者が言うのも憚られますが、今でも奥様に恋をされているようにお見受けします。奥様に何の不自由もさせることなく生活させる経済力があって、そのお人柄も頼られている。更にはすらりと背も高くて、紳士然としていらっしゃいますね。奥様には甘く、顔立ちも客観的に見て優れておられます」
蒼は別に範田を誉め殺しているわけではない。事実だ。
「それは……私の存在と行動が女性の嫉妬心を煽ったと言いたいのですか?」
範田がどういう反応をすればよいのかわからないという顔をしている。
「結果的にはそうですね。ただそこに至るまでの道筋に問題があります。範田様の最初の家を建てた土地は昔松林でしたが、松には相手を待つという意味合いも音に含まれます。不思議なもので、そういうふうに名前をつけられて音にすると別の意味でも捉えられる言葉には宿るものがあるのですよ。松林は何かを待っていることの象徴として、宇宙から情報が降り注がれる。そういう意味で実は松という木は一番手をつけてはいけない木なのです。そこを切り開いて家を建てたことで、待ち人は来ないとその領域でさまようものに喧嘩を売ってしまった。そして運悪くあの土地は元から良いものが宿らない電子的に粗悪な場所だったのです。実際穴を掘って土地の電子を測定することもできますよ」
「待ってください。たったそれだけのことがここまでの事態を引き起こしてしまったと言うのですか……?」
範田は信じがたいという顔をしているが、隣で咲子は蒼白になって震えている。
「範田様にとってはたったそれだけのことでも、大した断りもなく土地を切り開かれる側にとってはそうではありません。私が知る限り人類は毎秒宇宙の恨みを買っています。それでも表面上は特にその影響を受けてないのは、最も強い恨みを持つ一番強い存在があまりにも高度な復讐方法を取っているために、人類に認識できないだけです。そしてその影響で宇宙は苦しみ悶えている。苦しい時に更に苦しめられてのたうち回った宇宙のとある白血球は、元から範田様に縁があったため、範田様を自身の苦しみを和らげるための駒にすることを決めた。そういう怨念というのは通常こちらに届かないことが多いですが、宇宙視点で保護される要因がない方で、タイミングがうまく噛み合うと、ものすごく強い呪いが降りかかることも稀にあります」
「そんなこと……とてもじゃないですが信じがたく……」
範田の顔色が悪くなった。特定の組織の恨みを買ってつけ回されているわけでもないのに、咲子に対する周囲の異様な悪意に異変は覚えていたはずだ。蒼の言葉をそのまま受け入れる気はないだろうが、範田の常識が揺らぎ始めている。
「私たち夕闇店舗は人間には理解しようがないことを証明するためにあるわけではありません。証明したところで意味がありませんからね。そこに付随する現象とその解決策を提示するだけです。基本的に世の中はそういうものでしょう?」
例えば人間は自身の腸に住む菌のことを特殊な機械を使いでもしなければ、目視できない。仮に腸内から摂取した菌を顕微鏡で見たところで、それは腸内での姿ではないし、特殊なカメラを飲み込んだり、お腹を切ったりして観察したとしてもそれは健常な状態の観測結果ではない。本当に知りたいのは、正常な状態で自然に生きている人間の腸内で菌がどのような働きをしているかだ。
もっと技術が発達して特殊な光を当てるだけで腸内細菌が見えるようになったとしても、その特殊な光を当てられた状態は通常とは異なる。どうしてその光が腸内にいる菌に影響を与えないと言えるだろうか。もっと言えば、そうやって腸内の菌に特別意識を向けている状態を通常時と同じ扱いをしてもよいのか。自身の腸内事情の観測は本人には実質的に不可能なのだ。
腸の調子が悪ければ、何か悪いものを食べたかと自身の行動を振り返り、風邪や病気を疑うこともあるだろう。腸内の細菌バランスが崩れているのだろうと科学的に解明されたと信じている善玉悪玉等の知識を元に判断することもあるかもしれない。あるいは便の調子や臭いでも推測はできる。観測者の観測する手段によって、物事は限りなく真実に近いものを導き出すことはできるが、それだって本質は腸内細菌のバランスの変化によって起こる症状から紐解いているだけだ。
腸内細菌がこうだからこのような症状が現れていると仮に証明できたとして、それは時間の無駄ではないだろうか。物事を解決する過程で必ずしも証明は重要ではない。現在世で証明されていることも、本当は証明になっていないのだから。今はこの世界のある種固定されたエネルギーの法則で一定の安定したデータが出ていても、宇宙の大きな変動があったらひっくり返ることもあり得る観測結果だ。
理由の証明は頭で納得させるためにすることで、生き物としての感覚を鈍らせることすらある。腸内細菌のことを知りたいなら、頭で考えるよりも腸で感じろ。蒼は謎を解くという行為に不要なプロセスはなるべく省きたかった。
宇宙人だからそういうの見えるしわかるんです、解決してしんぜようで済ませられたらどんなに楽か。蒼がつらつらと腸内細菌という例えを引き合いに範田を説得すると、なぜか怒られた。
「私たちの問題を腸内細菌と同列に並べないでください!」
「宇宙的には人類の夫婦問題よりも腸内細菌の方が優先度は高いんですよ」
黒渕のフォローは火に油を注ぐ行為だ。事実でも言い方というものがある。
「……つまり! 私たちはどうすればその呪いとやらを解くことができるんですか!?」
範田はヤケクソになっている。
「人間には無理です。範田様と縁のある件の白血球の怒りが強い余りに手元が狂って思ったより物事がスムーズに進んでいないため、その中途段階でお二人は苦しんでおられますが、その白血球が本懐を遂げたら、恐らく範田様は生きてられないでしょう。宇宙の強い恨みの念というのは愛情や思いやりで多少その猛威を和らげることはできますが、和らげてる間に処理できないといつまでもそこに存在するものなんですよ。ここで言う愛は、熱を出した時の解熱剤みたいなものですね。熱が上がりすぎると苦しくて休めないから、熱を下げて身体を休めて回復するというあれですが、身体が熱を出した原因を駆逐する力がなければどうにもならないですから。範田様が家を建てた土地……地球やそれと縁のある宇宙の怨念より強くないと無理です。神様のように人間に力を貸してくれる宇宙の後ろ盾があれば話は別ですが、特にそういう領域と縁もありませんし、そもそもこれだけ強い怨念は通常神様と縁を持てません。神様は自分が処理できる領域としか関わらないように背後の存在に誘導されてるんです。と、ここら辺の事情は今は説明する必要はありませんね。宇宙の怨念が楽になる方法はただ一つ。それ自身が苦しむ原因を根本的に解決することです」
「私を脅しているのですか!? あなた方は新手の宗教団体か何かですか!?」
動揺して猜疑心を露わにする範田に、黒渕が冷たい目を向ける。
「私が提示した金額はとても良心的でしょう。むしろ安いくらいです。蒼くんは原因を根本から説明してるだけで、あなたの思想を縛りつける気はありませんよ。大体私たちにとって信仰や人、お金は目的にはなりえません。蒼くんはただ謎を解きたいだけなんです」
黒渕も人が悪い。宇宙人だが。労働に見合わない安い報酬の要求は、とんでもない呪いを相手に値段の分背負わせる行為だ。そもそもお金を介在した売買は、それ自体が呪詛だ。何事も買う側よりも売る側の方に強い呪いがかかってくるのだが、高く売れば売るほど売る側に呪いの比率は高くなり、逆に安く捌けば買い手がその呪いを引き受けることになる。本人たちに自覚はないだろうが、やたらと高い本当は価値のない壺を売る宗教団体があったとしたら、それは売りつけられた側よりも売った側の呪いを強めてその団体を呪詛で固めて利用したい宇宙の一派が背後にいる。
わざわざそのことを教えてやるほど蒼は人が良くないけれど。宇宙基準で蒼の仕事の対価に見合う報酬をお金で払おうとすれば、範田は破産してしまう。