天龍双

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02.ちりもつもればなにか

 こんな話がある。親友の優夜ゆうやは大魔王と呼んでもつかえのない御仁ごじんだった。正直、今はこれだけで怪談になるが、そういうわけにもいかないので、宇宙烏そらを淡淡たんたんと語った。
逸話いつわと言うには余りにも現実離れしてるが、事実だ。俺の右隣にいる優夜は完璧な男で、何をやらせても一番を取る超人だ。お世辞でもなんでもなく、ありのままを伝えてるだけだが、これがとんでもない。魔法、魔術、妖術ようじゅつ、超能力……何と形容すればいいのだろうか。優夜はこれらの超常現象を自在にあやつれる」
 宇宙烏の話だけでは表現し切れないこの不思議を皆肌で感じているので、異論をはさむ者はいない。現在進行形で優夜が召喚しょうかんした悪魔は、この廃屋はいおくを地獄への入り口のようにしている。
 この世のものとは思えない不可解で不快な不協和音が聞こえるが、優夜が何事かをつぶやくと収まったので、宇宙烏は努めて話すことに集中した。
「そんな優夜が唯一恐れるものとは何か? 退屈だ。そんな彼の退屈をまぎらわせるためと、俺の好奇心からこの会は発足ほっそくした。好奇心は猫をも殺すというのを、俺は身にみて感じている」
 最初は優夜の力で、語りの話の反響によってともした蝋燭ろうそくが変化する程度の仕込みに留まる予定だったのだが、なぜこうなったのか。
「まさかこんな地獄に片足を突っ込みそうな会になるとは思わなかったが、この場を切り抜けるには、この百物語をなんとか面白くしなくてはいけない。念のために言っておくが、この場合の面白いは漫才ではなく、優夜が怖がる話をするということだ」
 筋肉マッチョ礼温れおんが誤解しそうなのでつけ加えたが、なるほどというような顔をした彼らの様子からも、正解だったようだ。
「優夜は俺に謎かけのように言ったんだ。僕の怖いものを当ててみせたら、いいものをあげるよ――と。見当もつかないが、興味津津きょうみしんしんな俺は、今日集まってもらったメンバーの知恵を借りてこの謎を解明したい。パンドラの箱かもしれないが、大丈夫。みんなは俺が現実に帰すから……!」
 宇宙烏はおのれっていた。仮に何事も起こらなかったとしても、優夜の言う『いいもの』の中に宇宙烏の望む何かがあるかもしれないという期待感と、ひそかに友情を感じているこのメンバーを守るという気概きがい怖気おぞけけた。
 宇宙烏にとって恐怖は娯楽だ。なぜなら追い詰められてこそ真髄しんずいに手が届き、それがたまらなく楽しいから――というのは嘘である。単純に意中の女子との肝試きもだめしが楽しい男子の心境だ。
 宇宙烏は優夜が恋愛的な意味で好きだ。初めて会った時からずっと。なんて魅力的なのだろうと、一目惚れだった。だからあえてこの想いを秘めることにしたのだ。あまりにも宇宙烏を魅了してまない優夜に釣り合う男になるため、人間という枠を越えようと日日ひび努力を重ね、何度も失敗したが、ときどき成功もした。
 それはそうと、二人ふたりとも男なので、宇宙烏はなんとなく気になる女子に近づいてみたこともあったが、結果は優夜を好きだとより深く実感するだけだった。宇宙烏が少しでもかれる相手は、必ず優夜とわずかな共通点があり、結局彼の欠片かけらを求めていたに過ぎなかったのだ。
 優夜以上に宇宙烏の心を揺さぶる相手はいない。それがどんな感情でも、宇宙烏にとっては宝物なのだ。
「オッケー! とびっきり怖い話をいろいろな角度から試してみよー」
 礼温はほがらかに承諾しょうだくし、
「なんかよくわからねーけど、百物語で楽しもうってことか?」
 筋肉はいろんなものを投げ捨てた理解をし、
「すごいハードルを上げられたな……」
 黒永こくえいは割と落ち着いた反応をし、
「ひいいい、これって大魔王を満足させないと命の保証はないってことですよね!?」
 牧野まきのひつじは宇宙烏が明言しなかったことを、最も悪い方向に解釈かいしゃくした。
「さすがに命までは取られないと思うが……」
 仄暗ほのぐらい笑みを浮かべている優夜を横目に、宇宙烏は自信なく呟いた。優夜は決して短気ではないが、宇宙烏にはいまひとつわからない部分で怒るのだ。
「大魔王の御機嫌をうかがいながら、この場で自分が一番おびえてるのに、相手を怖がらせる話をしないといけないってことですよね!?」
 完全に気圧けおされている牧野羊に、宇宙烏ははっとさせられた。
「確かにそうだよな……恐怖とは何か。人が暗闇を恐れるのは、そこに何があるかわからないからだろう。人間は夜目よめかないため、命をおびやかす何かが暗闇にひそんでいる様を想像してしまう。そう、想像力だ。己の力を越えた存在に踏みつぶされるのを恐れる心は、仮に切迫せっぱくした状況――例えば野生の熊に襲われて必死に逃げる丸腰まるごしの人間ですら、恐怖は凄惨せいさんな未来を想像する力がもたらすものだと俺は思う!」
宇宙烏そらをのばかあ……!」
 牧野羊がとうとう泣き出してしまったので、宇宙烏は安心させるように笑いかけた。一応話し終えたので蝋燭ろうそくに火をともすと、少しだけ場が明るくなる。
「大丈夫、今は皆無事だ。今に集中し続ける内に明日になってるさ」
「ううう、そうかなあ……?」
「じゃあ、次は僕の番だね」
 宇宙烏のはげましで少し顔色が良くなった牧野羊は、優夜が口を開いた途端おかゆのように白くなってしまった。
「宇宙烏の言うように、想像力が人を殺す側面はあるだろう」
 優夜は切り出しからして不穏ふおんだ。
「ナイフで心臓の動きを止めるのも、恐怖で止めるのも、形は違えども、本質的には同じさ。その人の許容できる範囲以上の外的圧力をかけるという点においてはね」
 牧野羊は白を通り越して透明になりそうな勢いで震えている。なるほど、彼はその思考形態で自身にとどめを刺しそうではある。
「そのことをよくよく理解しておいた方がいいよ。僕はただこの場に所謂いわゆる怪異というものを提供しただけに過ぎない。仮にこの中に恐怖の余り心臓を止めてしまった者がいたとしても、それは本人が己に手を下しているのさ」
「そ、そ、それって圧力をかけるだけかけて、耐えられなかったら自己責任という、冷酷な現代社会の個人主義を、学生の羊たちにまで押しつける気ですか!?」
 牧野羊は怖がりつつも、案外しっかり主張する。彼は自分を名前で呼ぶタイプだ。
「面白いことを言うね。君は気高い羊の皮を被ったいやしい弁論家なのかな? 傲慢ごうまんでとても面白いよ。僕を真っ向から小粋こいきに非難しているつもりだろうけれど、そういうやり方は賢いとは言えないな。喧嘩を売る相手を考えないと」
 優夜の言葉はきついが、かんさわったわけではなさそうだ。
「自身の他者に対する行動のみなもとはどこからき上がってくるものか? 自分が動くのだから当然自分の中だ。他者への攻撃はすなわち己に向かうものだとの自覚が大切だよ」
 優夜はあくまでも冷静に、淡泊たんぱくに語った。
「他者への攻撃的な気持ちは、自らを傷つけるやいばとなる。いや、逆かな。自らに刃を突き立てているから、他人にも噛みつくのか。そういう生き方は苦しいだろうね」
 優夜はくすりと笑った。その凄艶せいえんな様に、宇宙烏はごくりとつばを飲み込んだ。
「何かを支配しようとするものは、何かに支配されている。そして最も己を支配するのは己だということに気づけば、少しは変わるかな? まあ、要するに君のやいばは僕に届かずに君に突き刺さるだけだし、仮に届いてしまったら、僕の反撃があるということも想定しないとね。その場合、僕が弁論という同じステージに立つ保証はないのに」
 小難しいことを言っているが、結局優夜は『僕の言うことに茶茶を入れるなおろか者、死にたいのか』と牧野羊をおどしているのだろう。地味に怖い。
「ひいいいい! 魔王の御不興を買ってしまった!」
 宇宙烏は牧野羊への評価を改めた。臆病な羊ではなく、怖がっている割に図太い迂闊うかつ狸吉たぬきちいう感じだ。
「さて、僕の二話目はこれで終わるけれど……念のため補足しておこうか。僕は全部を説明してあげるほど親切ではないんだ。敵に塩は送らない。君らは僕の敵ではないけれどね」
 恐らく優夜は宇宙烏の主催したこの会を尊重して、その参加者にもそれなりに寛大かんだいに接しているのだろうが、そこに相手を切り捨てる冷酷さがあるわけではないものの、いたわりも一切ない。
 優夜の言い分を解説すれば、人にはそれぞれ許容範囲があり、外的圧力のいかんで押し潰されることもあるが、誰も本当の意味で君を傷つけることができないと気づけば、君も少しは強くなれるんじゃないか? ということだろう。
 敵をそんなふうにはげましてやるほど親切ではないが、君たちは弱過ぎて僕の敵にもなりはしない――相手が飲み込めるように伝える気がない優夜の言葉には、補足が必要なことがままある。
 当時の優夜はすさんでいたから今はかなり進歩したと思うが、それでも微妙にとげがあるのはどうしてなのだろう。
「なんか加害者の詭弁きべんみたいな感じじゃない? 圧力はかけたけど、決定打を打つのは被害者みたいな言い方は感心しないよ」
 今まで黙り込んでいた黒永が、優夜を真正面から見据みすえた。ちなみに礼温はうとうとしていて、筋肉は話についていけていないようで、ぼうっとしている。
「そういうふうにとらえるのは、君自身が断罪を望んでいるのか、単にげ足が取りたいのか……両方みたいだね。ふーん、案外ロマンチストなんだ」
 やはり優夜は相手の思考を読む魔法が使えるようだ。今まで恥ずかしくて確認しなかったが、宇宙烏の考えも筒抜つつぬけだったのだろう。顔から火をきそうだ。
「大丈夫、今更恥ずかしがることはないよ」
 優夜がにっこり笑いかけてきたので、宇宙烏は口から心臓が飛び出しそうになった。
「ま、まじですか……」
「僕は全知全能じゃないただの人間だから、僕にわかる範囲でだけれどね」
「えー、優夜君って人間なんだー。魔王だと思ってたー」
 嫌味ではなく本気で礼温がびっくりしている。こういう時だけ起きているのだから、都合のよい耳をしている。
「そうやってわかったふうに言うのが腹立つよ」
 黒永は悔しそうだ。
「さすが宇宙烏が集めたメンバーだけあって、みんな良い反応をするね。僕は単に選択肢を与えられているのだと思うよ。加害者でいる限り、得られなかったり取りこぼしたりしてしまう大切なものはあるし、被害者が被害者であり続けるのもまた選択だ。僕をふくめ、人間の視野はそう広くはないという自覚を持った方がよいけれどね。加害者、被害者という枠組みの中で、君の望む答えになるかはわからないけれどカルマはあるらしいから、少しは溜飲りゅういんが下がった? それとも怖くなった?」
 優夜は断定しないものの、カルマを示唆しさした。宇宙烏にとっても興味深い話題だ。
ばちが当たるってことですか……?」
 牧野羊がちらちらと優夜の従える悪魔に目をやった。
「君は意外と度胸があるね。見下すために身を乗り出すと、頭から落ちてしまうかもしれないよ?」
「ひいいいい!」
 優夜が何か言うたびに悲鳴を上げる牧野羊は、りない男だ。
「カルマは学びだって言う人もいる。僕もそうなんじゃないかって、最近は思うよ」
 優夜は穏やかに告げ、宇宙烏の耳にそっとささやいた。
「そんなふうに考えるようになったのは、君に出逢であってからだけれどね」
 まるで愛を告白するかのような甘い声音に、宇宙烏はどぎまぎした。
「じゃあ、次はぼくの番だねー。とりあえず優夜たちの話を総合すると、自分が最も怖かったことを話せばいいんだよね? あの時は心底震え上がっちゃったよー」 
 礼温は温泉宿の息子らしく、温泉ホラーを語った。
「ぼくは一応跡取り息子ってことで、割と下積み経験から始めるというか、まあ単に経費削減で雑用とかもやらされるんだけど、お客様が使ったロッカーの掃除とかもしてねー、いまだにトラウマな事件があってさ……トラウマその一だね」
 めずらしく礼温の声のトーンが落ちた。その二があるのだろうか。
「うちの温泉宿は家族連れも多いけど、割と落ち着いたカップルも来るというか、落ち着き過ぎというか……老いらくの恋ってやつかな? 最近のお年寄りはハッスルしてるんだねー。苗字が違うおばあさんとおじいさんが仲良く温泉旅行って一見微笑ましいんだけど、ただの友達じゃないからさ……夜は盛り上がるんだよね」
 礼温の語り口も相まって、宇宙烏は恐いもの見たさで先をうながした。
「ま、まさか……」
「そう、愛を確かめ合う肉体的なスキンシップにはげんでてね……ぼくは見てしまったんだ。おじいさんがおばあさんのおしめを替えながら、浣腸かんちょうを片手にトイレにいざなうのを……」
 意味不明だが、宇宙烏は全身をわななかせた。
「か、介護が必要なのに……?」
「ぼくも最初はそう思ったんだけど、おしめを替えるのもプレイの一環いっかんだったみたいで……あまりに高度なやりとりに、ぼくは用意したおしぼりを取り落としそうになった……」
 礼温の顔が青ざめている。
「ま、待て。おしぼりって……もしかして、その老人たちは礼温が来るのを知っていながらその行為を……?」
 宇宙烏の問いに、礼温はおののきながら頷いた。
「むしろ部屋の電話で呼び出されたんだよね……ちょうどその時春休みで、ぼくは雑用を一手に押しつけられてたから……」
 当時の恐怖がよみがえったのか、礼温は自分で自分の身体を抱き締めた。
「しかもさ……おばあさんはおじいさんだったんだ……」
「なん、だと……?」
 驚愕きょうがくに目を見開く宇宙烏に、黒永が冷静に突っ込んだ。
「いや、意味わからないから」
「えー、言葉の通りだよー。ほら、年取ると男も女も見分けがつかなくなるでしょー? おじいさんはおじいさんで、おばあさんだと思ってた人がおじいさんだったんだよー」
 男女のカップルではなく、男同士だったらしい。大雑把おおざっぱな礼温らしい間違いだ。
「待てよ。男同士で恋人同士なのはわかったが、あえて礼温を呼び出したってことは、狙われてたってことか?」
 宇宙烏はつい礼温の臀部でんぶに注目してしまった。
「片方は完全に狙ってたんだろうねー。ちょー怖いよー。もちろん逃げたけどね! 若い身空でそんなマニアックな世界に足を突っ込みたくないし、他人の恋路こいじを邪魔する者は馬にられるって言うからねー」
 どこかずれた理由だが、無事だったようでほっとする。
「翌日聞いたんだけど、二人は友達以上恋人未満で、そういう関係だけど、つき合ってないんだってー。なんかねー、おばあさんっぽいおじいさんの方の片想いで、相手のおじいさんがやっと男に目覚めたんだけど、目移りばっかりで大変らしいよー。これがトラウマその一。こうやって話してみると、大したことないかもねー」
 底無し沼をのぞき込んだような気持ちになり、宇宙烏は少少しょうしょう目眩めまいがした。
「……次」
 優夜もコメントする気さえ起きないようで、微妙な空気感の中、筋肉にバトンタッチされた。
「お、おう。お年寄りは大事にしねーとな。おれも礼温と似たような話だが……」 
 礼温の次に筋肉というこの順番には、一考の余地があるかもしれない。宇宙烏は少しでも優夜を感心させる話が出ることを祈りながら、筋肉の話に耳をかたむけた。
 ちりも積もれば山となる――礼温の話は心胆しんたんを寒からしめたし、そのような話が続いていくうちに、優夜の身の毛も弥立よだつような未知の怪談と御対面できるかもしれない。優夜のペースにまれてしまっては、彼を怖がらせるなんて夢のまた夢だろう。このメンバーこそ、恐怖の新境地に辿たどり着くための選ばれし精鋭せいえいなのだ。

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