天龍双

しゅうえん

 礼温れおんは温泉ネタに事欠ことかかないし、筋肉マッチョはひたすら物理的に怖い怪談ばかり。黒永こくえいはことごとく生きている人間の方が恐ろしい系の怪談を語り、牧野まきのひつじねたそねみによって引き起こされる陰惨いんさんな事件を披露ひろうする。
 更に優夜ゆうやは人の心をするどえぐるようなことを題材にしているし、不自然なほど誰も心霊系の話はしない。
 各自が持ち寄った蝋燭ろうそくに混じる、キャンドルと言うべき太さとカラフルさをあわせ持ったぶつが、薄暗い廃屋はいおくの異様さを強調している。それらの持ち主である礼温と筋肉は、百物語というものを理解していないに違いない。
 その上礼温は、一式持ち込んでアロマをき始めるという自由さだ。
「おれ、あんま話考えんの得意じゃねーから、昔親戚しんせきで集まって百物語した時に出た話題ばっかりなんだけど、これもこえーぜ。いとこの兄ちゃんがバイクを中古で買ったんだけどよ、何とそれが自転車だったんだ。バイクにしちゃ破格の値段だって言うんで、飛びついたのに、ひでーよな。お年玉がぱーだ。マウンテンバイクってバイクじゃねーらしーんだ。おれ、絶対間違えないようにしようと思って……」
 宇宙烏そらを戦慄せんりつした。筋肉の親戚が皆筋肉のような人物であることに。これまでも彼は夏場に賞味期限の切れた菓子パンを食べたら、抹茶まっちゃパウダーだと思っていた緑の粉がカビだったと後に判明したなど、怪談と呼べるか怪しい話をしていた。
「じゃあ遺産相続で化けの皮ががれた人のい夫婦の話を――」
 黒永は人間不信振りを遺憾いかんなく発揮はっきしているし、
「おばあちゃんが教えてくれた話なんですけど、教え子の美しい令嬢れいじょうがいかに不憫ふびんさをかもし出して嫉妬を退しりぞけるかっていう――」
 牧野羊は取りかれたように、似たような話題に終始しゅうししている。
「な、何かかたよってるよな……? 優夜、皆に何かしてる?」
 こっそりたずねるも、優夜は悠然ゆうぜんとした笑みで否定した。
「僕は何もしてないよ。僕は。この子が少しばかり個人のごうにも似た、特定の視点を掘り下げやすい環境にしているだけで」
 やはり優夜の呼び出した悪魔の影響か。疑問は解消したが、手の打ちようがない。
「何で心霊系の話題が出ないんだろうな」
 誰にともなく呟いた言葉を、右隣の優夜が拾い上げる。
「防衛本能じゃない? この子がいる時にそんな話したら、状況が悪化するって無意識にさとっているんだよ」
 納得だ。これ以上この場にそっち系の存在は召喚したくない。
「賢明な態度だとは思うけれど、避けようとするあまり、深みにはまっているよね」
 優夜は面白がっているが、宇宙烏としては生きている人間の話しかできない百物語とは、いかがなものだろうと思う。
「結構定期的に例の老人カップルが泊まりに来るんだけどさー、何か必ずぼくが被害にうんだよねー。つい最近も、片想いされてる方のじいさんのロッカーを掃除したら、大量のちぢれた毛が――」
 ホラーだ。まごかたなきホラーだが、ものすごく微妙な気持ちになる。
「優夜、少しは怖い……?」
 優夜の怖いものが見つかるか、段段だんだん不安になってきた。
「宇宙烏は根本的に勘違いしているよね」
 優夜が愛しい者を見るように宇宙烏を見つめるので、心臓がうるさい。
「さて、こんな茶番もとうとう九十八話目。僕が話を終えたら次の九十九話目で終えるわけだけれども、主催者の宇宙烏を初め、ここに集まったメンバーで百話目を求める者はいないだろう。百話集まったら何が起こるかわからないからね」
 すでに何が起きてもおかしくない空間が出来上がっているし、百物語が始まる前から優夜が怪異を召喚していたので、今更である。
「でもさ、君たちが百話目を求めないなら、僕の番でやめておいた方がよいと思うんだ。君たちがそうとは言わないけれど、一般的に気を抜いて生きている人って思いも寄らぬ落とし穴に落ちることがあるし、逆に気を張って生きている人も、そのせいで妙なところでつまずく場合がある。一番よいのは、まっすぐ見つめることだと思うよ。ねえ、気づかない? 僕って昔はこんなに親切じゃなかったんだけどな」
 優夜は落とし穴に足を踏み出そうとしている旅人に忠告するかのように、何かを示唆しさした。
「……自分で仕掛けておいてよく言う。簡単な引っかけだろ? 百物語の語りが言葉だけで怪談を伝えるわけではない。普通は一話ごとに消していく蝋燭をつけるようにしたのだって、悪趣味なヒントだ。誰もが直視しようとしなかった怪異を浮かび上がらせる。百物語の一話目は宇宙烏ではなく、お前が連れているそれだ」
 黒永が優夜をめつけた。
「正解だよ。この子については言霊ことだまにしてしまわない方がよいだろう。君たちが見たままの存在だけれど、完全に把握はできないと理解した方が賢いし、安全だと思うよ」
 優夜は読めない笑顔で宣言した。
「じゃあ、実質的に九十九話目。これが最終話だ」
 有無を言わせない迫力で、優夜は語り始めた。
「想定外の出来事を歓迎しない人も多いけれど、僕は結構楽しむ方なんだ。大事な人の行動ならば尚更ね。こんな話がある。僕の何よりも大切な人には、少少しょうしょうおかしな方向に向上心があってね、常日頃から暴走しがちなんだけれど、今回もそんな彼の傾向が顕著けんちょに現れた」
 痛いほど優夜は宇宙烏に視線をそそいでいる。何を言うつもりなのだろう。
「今の時代インターネットの発達で、いろいろと便利になったよね。同好の士を見つけるのも、ネットならば容易たやすい。僕の未来の伴侶はんりょも、その恩恵に預かろうと、何やらおかしなコミュニティーに所属して活動し始めた」
 優夜は片時も宇宙烏から目を離さない。未来の伴侶……?
「その名は『目覚めよ男子会』という小規模な掲示板機能のある個人サイトだ。管理人は黒永、君だね?」
 優夜は確認を取るていでいながら、黒永の方を見もしない。
「そうだけど……」
 黒永はぶすっとしている。
「誰が管理人だろうと僕は構わないが、まあやり方自体は悪くないよ。少しばかり排他的ではあるけれど」
 宇宙烏は二人の話に全然ついていけていないのだが、牧野羊がわかったような顔をしているのに気づいて愕然がくぜんとした。礼温はともかく、筋肉と同レベルは嫌だ。
「目覚めよ男子会が何か問題あるのか……?」
 その名の通り、ネット上で男子会を開催し、それぞれ交流を深めながら目覚めるという主旨の、宇宙烏にとっては大変有意義な会だったのだが……。
「宇宙烏は人間の壁を越える的な目的だったんだろうけれど、サイトに集まったメンバーはそっちを意味していないからね。要するに人間不信な大学生が、自らのテリトリーで選別しながら運命の相手を探すために立ち上げたサイトだから。嫌な言い方をすれば男あさりだね」
「な、何だって……!?」
 思いも寄らぬ方向に話が向かい、宇宙烏は目をまたたいた。
「そりゃ管理者を通して連絡先は交換したけど、普通にサブアドレスだし、メンバー専用の掲示板に、芸術的な写真ポエムを投稿したのは俺だけで、皆顔も知らないのに……」
「いくらパスワード制の掲示板だって、そう簡単に個人情報を公開しちゃ駄目だよ。結構身内で固められているのに気づかなかった? 黒永と牧野羊は親戚だし、筋肉は違うけれど、礼温は黒永の近所に住んでいるし」
 優夜は次次つぎつぎと新事実を明らかにしたが、宇宙烏を筆頭ひっとうに、筋肉と礼温までびっくりしている。
「おれは自分のサイトに、黒永からメールが来て入部したんだ」
 筋肉はこの会をサークル活動のように思っているらしい。彼は筋肉のやかたというサイトに自分の筋肉を中心にした写真をアップしていたと言うのだから、二重の意味で驚きだ。
 筋肉がサイトを作れるほどネットを活用していたとは。そして黒永はどうやって筋肉のサイトを見つけたのだろう。
「えー、ぼく全然黒永見たことないんだけどー」
 近所ならば礼温は面識があってもおかしくないはずだが、心当たりはないようだ。
「気づかないだけだと思うよ。顔をよく見ればわかるんじゃない?」
 優夜がうながすと、礼温はまじまじと黒永の顔をながめ、ぽんっと手を打った。
「ああ、詠子えいこちゃんかー。彼女の兄弟ってことー?」
「……本人だよ。はあ、今日はここまで教えるつもりはなかったんだけどな……」
 黒永が観念したように白状はくじょうした。
「俺は普段女の恰好かっこうをしてるから、ばれない自信があったんだけど、これじゃ仕方ないか……まさかこんな反則技を使う人外みたいなのがいるとは思わなかった」
「女の恰好て……女装へきがあるのか!」
 筋肉が目を丸くすると、黒永は顔をしかめた。
「露出魔に言われたくないな。お前のアルバムはほとんど裸同然でさ……」
 それならば黒永は、何故そんな人物を誘ったのだろう。
「羨ましかったんだろう? その厚顔無恥こうがんむちさに苛立いらだちながらも、何も隠し立てのないところが」
 優夜の指摘に、黒永はますます嫌そうな顔になった。
「エスパーかよ。当たってるのがうすら寒いわ」
「えー、ぼくは目覚めよ男子会の目覚めよって、男に目覚めよって意味だと思ってたけど、女装にってことだったのー?」
 礼温がのんびり驚いているのに、宇宙烏は仰天ぎょうてんした。
「えっ、礼温もわかってたのか!? どこにもそんなこと書いてなかったのに……」
「あー、宇宙烏はやっぱり気づいてなかったんだー。だって端端はしばしからにじみ出てたでしょー? そもそもうたい文句がさー、男たちの快楽のうたげっていかにもな感じだったし。でも周囲の圧力に負けずにつらぬき通す真実のいばらの愛とか、欲とロマンが入り交じる感じでねー。心がともわなければ意味がないとか、身体だけが目的の出会いはお断りみたいな予防線も張ってたしー」
切磋琢磨せっさたくまが、気持ち良いって意味だと思ってた……」
 愕然がくぜんとする宇宙烏に、優夜があきれたような眼差しを向けてきた。
「僕は宇宙烏が何故気づかないのか不思議でならなかったよ。まあ、確かに黒永は遠回しで、明言はせずに匂わせることで逃げ道を残していたけれども」
「うるせー! 悪かったな、臆病で!」
 黒永がえた。
「まあまあ、良かったじゃないですか。優夜さんがいなければ、女装同盟の輪が広がるきっかけをなかなかつかめなかったんですから」
 なだめる牧野羊を、黒永はにらんだ。
「そんな変な同盟に入ったつもりはない! 俺はお前とは違う。別に女よりかわいい女になって、世の男を手玉に取りたいとか思ってないから」
 牧野羊にはそのような野望があったのか。
「誤解を招くような言い方をしないでくださいよ。羊には羊なりの愛の美学があるんです。とってもかわいくなって、好きな相手をメロメロにしたいだけですから」
 ちらちらこちらを見てくる牧野羊に、宇宙烏は首をかしげた。
「え、俺の顔に何かついてる?」
「もう、この鈍感さん! でもそんなところがかわいい!」
 今日はおびえてばかりだったが、ネット上ではいつもこんな感じなので、牧野羊も普段の調子を取り戻してきたようだ。
宇宙烏そらをは素でそれだから、ある意味最強だよね」
 優夜が肩をすくめた。
「別に黒永がどんな気持ちでこの会に来たかなんてどうでもよいのだけれど、僕も宇宙烏の決断にまで口出しはしたくないから、情報はフェアに提供するよ」
 優夜が気乗りしなさそうに口を開いた。
「黒永は好かれたいゆえに、己を装飾そうしょくする傾向があるけれど、それはごまかしを含むもので、そのことにとてもストレスを感じていてね。彼にとってその姿は随分ずいぶん思い切ったみたいだよ」
 優夜の狙いがわからず、宇宙烏は黒永を上から下まで眺めたが、不自然な点など一つもない美男子だ。線が細めで、顔立ちも甘いので、それなりに女の恰好も似合うだろう。
「普通にかなりイケメンだけど……」
 宇宙烏の感想に、黒永は顔を赤らめた。
「ど、どうも……」
「あー、ずるーい。宇宙烏、ぼくはー?」
 寝袋を脱いだ礼温が、宇宙烏の前で一回転してみせた。
「え、礼温はかわいいタイプだよな。目が輝いてて、目鼻立ちも整ってるし」
「宇宙烏の好みー?」
 ぐいぐい来る礼温に、宇宙烏は戸惑った。
「好みを聞かれると、案外答え辛いな……俺は多分四角よりも丸が、パンよりご飯が、黒より白が、そして上品な香りが好きだと最近自覚したんだが、それって全部……」
 優夜が好ましく思うものと、彼を連想させるものが宇宙烏は好きなのだ。
 優夜はよく丸いものを魔法で浮かべたり、丸い水晶を使ったりしているし、基本的に米派で、色が白くて、良い匂いがする
「ぜんぶー?」
「……恥ずかしいから内緒」
 宇宙烏が話を打ち切ると、礼温は素直に引き下がった。
「そっかー、アロマテラピーは正解だったねー」
 何か勘違いしていそうな気がしたが、これ以上突っ込まれたくなかったので、宇宙烏は黙った。
「ち、ちなみにおれは?」
 上半身裸になった筋肉が、ポーズを決めている。
「えっ、何が?」
 この話の流れで一体何を……。
「おれのことはどう思う?」
「あー、筋肉は何というかいやし系だと思う。むきむきだし、見た目はワイルドでかっこいいけど、中身を知るとなごむよな」
 決してけなしているわけではない。
「そ、そうか? 照れるな……お、おれ実は宇宙烏の投稿した写真ポエムのファンで、待ち受けにしてるんだぜ」
 筋肉はわざわざスマホを取り出して見せてくれたが、宇宙烏はそれよりも携帯が圏外けんがいなことに衝撃を受けた。完全にこの空間は現実世界から切り離されている。
「あ、ありがとう。いろいろ彷徨さまよいながらもまた作るよ」
「お、おう」
 はにかむ筋肉はなかなか親しみやすいやつだ。
「羊のことはどう思う? 年下だとそういう対象にならない?」
 牧野羊が上目遣いで宇宙烏を覗き込んできた。
「牧野羊は最初女の子かと思ったけど、結構男らしいよな」
 優夜に真っ向から歯向かう辺りが。
「えっ! そ、そんなこと言われたの初めてです……ううう、やっぱり宇宙烏さんは羊のこと中身も見てくれるんですね……」
「そりゃ、中身あってこその外見だし……」
 そんなに特別なことを言った覚えもないが、牧野羊は妙に感動している。
「好意を持っている相手に言われた言葉というのは、胸にひびくものだよ。牧野羊は嫉妬されることが多いゆえに、随分そういうことに敏感びんかんになっているようだけれど、一部を除けば、自身の振る舞いが不必要に負の感情を喚起かんきさせているという自覚を持った方がよいんじゃないかな」
 優夜は相変わらず容赦ようしゃない。
「ゆ、優夜君、もう少しオブラートに包んだ方が……」
 牧野羊が泣き出すのではないかとはらはらした宇宙烏は、優夜にひそひそ注意したが、聞き入れてもらえなかった。
「大丈夫。彼はものっすごく図太いから、君に影響を与えないなら、まるでこたえないよ。むしろそれを利用して、なぐさめてもらえることを喜ぶようなしたたかさがある」
 優夜は少しも声のボリュームを下げることなく言い放った。
「……ううう、羊はそんなかわいくない子じゃないですよう。まあ、優夜さんには隠し立てしようがないようですから、ぶっちゃけますけど、宇宙烏さんにはそういうの効果がないってわかってますし」
 牧野羊はやはり計算含む狸吉だ。そこで宇宙烏は、ふと疑問を感じた。
「ところでこれは百物語最終話じゃないのか? どこら辺が怪談なんだ?」
 筋肉は除くが、今まで一応それなりに怖い話をしていたのに。目覚めよ男子会の正体に多少驚きはしたものの、別段こちらを震え上がらせるようなものではない。
「偶然辿たどり着いたサイトが、いかがわしい場所だったと気づかず、平気で自分の写真をアップしていたことは恐怖するべき点じゃないかな?」
 優夜がため息をついた。
「他にも挙げれば、サイトのメンバー全員が宇宙烏狙いだったこととか、そもそもあの意味不明なポエム入り写真で四人も釣れたこととか、筋肉があれを待ち受けにしているという新事実とか、ひやりとしないかい?」
「俺が狙われてたのか? 俺が自身を解放すると、寄ってきた女子も避けるようになるのに、すごいな……」
 宇宙烏は端正たんせいな外見に反して、あまりもてない。
「ぼくは宇宙烏に一目惚れだったよー」
 礼温はのほほんと、
「おれは宇宙烏のポエムにしびれたぜ! おれと似たものを感じた」
 筋肉は失礼な感じで、
「その生き方に運命を感じたというか……」
 黒永は気恥ずかしそうに、
手垢てあかのついてないイケメンって貴重なんですよ。変なところもかわいいし、羊のこと全部受け入れてくれるっていうかあ……」
 牧野羊はいささか腹黒く、
「四人に一度に告白されるなんて流石宇宙烏だね」
 優夜に言われなければ、これが告白だとは思わなかった程度に、宇宙烏は恋愛的な目を周囲に向けていない。
「えー、その、どうもありがとう……」
 宇宙烏の心は優夜で占められているから、応えることはできないけれど。
「俺は好きな人がいるから――」
「だいじょうぶー、ぼくはそういうの気にしないから!」
 礼温はあっけらかんと、
「筋肉に目覚めれば大丈夫だ!」
 筋肉マッチョは自信満満まんまんに、
「俺、その相手に勝つ自信あるから。仮に力ではかなわなくても他の部分で」
 黒永は力強く、
「最初から長期戦覚悟ですし、こういうのは年下の強みですよね!」
 牧野羊は明るく、
「時折彼らみたいな物好きがいるから困る。いくら心が決まっていても、宇宙烏は僕の予想を越えて突っ走るから、少しばかり嫉妬させられてしまうよ」
 諦める気がなさそうな彼らに、優夜は殊更ことさら笑顔だった。
「僕が口説くつもりで投げかけた問いを、百物語という形で返してきて、横恋慕四人組を集めちゃうんだから、宇宙烏は本当にすごいよね」
 優夜の怒気どきに、皆びくりとした。
「ああ、宇宙烏には怒ってないよ。この怒りもたわむれのようなもので、本気ではない。本気だったらとっくにほろぼしている」
 場の空気が一気に凍った。今の優夜には、いつ本気になってもおかしくないような威圧感いあつかんがある。
「ああ、でも人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られるんだっけ? じゃあ、軽く蹴られてみる? 馬の代わりにこの子に」
 優夜の従える悪魔に蹴られたら、一瞬で命を落としそうだ。
「ゆ、優夜君、冗談だよね?」
 誰も言葉を発せないようなので、宇宙烏が声をかけると、優夜はにっこり笑った。
「それは宇宙烏次第かな? 君が素直になってくれれば、僕はそんなに嫉妬しないから。いい加減遠回りはやめて、こっちをまっすぐ見てよ」
 宇宙烏は優夜に心底惚れているので、こんな時でもときめいた。だが、素晴らしい能力者の優夜の隣に立つに相応しい男には、まだなれていない。
「俺は……!」
「僕が誰を隣に置きたいかは僕が決めるよ。宇宙烏はこのまま百話目に突入したいの?」
 からかうように脅しをかける優夜に、宇宙烏は答えを返せなかった。
「ねえ、宇宙烏。愛しているよ」
 優夜の愛の告白に、とうとう耐え切れなくなった宇宙烏は、鼻から生暖かい液体が垂れてくるのを感じながら、ゆっくり後ろに倒れ込んだ。
 愛しているよ――何度も優夜の言葉が脳内で木霊こだまする。こんな直球で告げられたのは初めてだ。
 ああ、皆ごめん……興奮し過ぎて、勢いを増した鼻血が舞うのを視界に納めながら、宇宙烏は意識を飛ばした。
 百話目に突入しないのを祈りながら。

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