天龍双

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04.飛んで火に入る僕の

 この世で一番怖いものは何か。人それぞれ答えは違うだろうが、優夜ゆうやにとっては最愛の人の突拍子とっぴょうしもない行動によって誘発ゆうはつされる諸諸もろもろの事情が、目下の恐怖だった。
 回りくどい言い方はやめよう。優夜は宇宙烏そらをがいつまで経っても本題に入らず、回り道ばかりしているので、いい加減しびれを切らしていた。
『ねえ、僕が一番怖いことって何だと思う?』
 同じ大学に行くために、学年主席の優夜が次席の宇宙烏をしごいていたのだが、少しは休憩も必要だろう。そんな軽い気持ちと、少しばかりの悪戯心で、優夜は宇宙烏を口説くつもりだった。
『……そ、それは試験問題か?』
 厳しくし過ぎたのか、宇宙烏は身構えている。
『違うよ。ちょっとした息抜きにね。僕の怖いものを当ててみせたら、いいものをあげるよ』
『ああ、たまにはそういう話もいいかもな。お前の怖いものなんて想像もつかないけど』
 宇宙烏は恋愛方面の想像力がとぼしいので、仕方ない。いくら好意をほのめかしてもまるで手応てごたえがないので、露骨ろこつにアピールするくらいがちょうどよい。
『ヒントをあげようか。僕の恐怖心をやわらげられるのは、君だけだよ』
 宇宙烏に関することだけが怖いのだから、彼次第で随分ずいぶんと優夜の心持ちも変わる。
『えっ!? そ、それは難問だ……ここは百物語の出番か……』
 一体全体どうしてそういう方向に向かうのか、宇宙烏の考えに触れても、優夜は理解できない。
『どうしてそういうふうに考えたのか、僕に教えてくれない?』
 優夜は魔力を用いて他人の思考をある程度読むことができる。対象となる相手と目を合わせるか、相手を五秒以上見つめるなど方法はいろいろあるが、要は魔力を放出して感覚器官を拡張し、宇宙烏に触れているのだ。それでも解明できない彼の思考は実に興味深い。
 現代では魔術師は絶滅したに等しいが、古い文献ぶんけん辿たどればそう珍しいことでもない。この世界には魔力というエネルギーはないものの、異世界かられ出た魔力をあつかえる人間は確実に過去存在した。
 優夜は現代において最高かつ唯一の魔術師だが、この世界の人間にはあり得ない魔力持ちでもある。厄介ごとの気配がするので、内にある魔力を普段は隠しているが、ふうじるばかりでは暴走する危険性があるので、趣味にのみ活用している。血と一緒に全身を流れる魔力を自らの身体の一部としてそっと伸ばし、宇宙烏の中身を感じるとおのずと彼が何を考えているかわかるのだ。
 宇宙烏にしか使わないし、気色悪くて他人には使えないやり方だが、優夜の楽しみになっている。そんなことをしなくても魔法を使える優夜が得られる情報は多く、相手をればその性質にも見当がつくが、単に宇宙烏には触れたいのだ。
『どうしてって……たくさんの怪談を捧げないと、真の恐怖の扉は開かないと思って……』
 宇宙烏はいつも優夜を沈黙させる。ある種の才能だろう。
『……ごめん、もう少しわかりやすく頼むよ』
『え、わかりにくかった? つまり俺はお前に最高の怪談を捧げるために、百物語をかてに進化をげようと思って。ネットで集めたメンバーが化学反応を起こしてくれそうなつわものばっかりでさ』
 最近優夜はネット上のハンドルネームを活用しているが、それは行使する魔術に関係があるだけで、一時的な措置そちに過ぎない。しかしながら最近の宇宙烏は、本名で呼ぶのもはばかられる迷走具合だ。
 優夜が宇宙烏の前に現れたのは中学三年生の時だが、初対面ではない。宇宙烏は覚えていないようだが。昔は魔力を今よりもずっと抑圧していたから、優夜はれていた。そして宇宙烏は今も昔も変わらず、申し分ない頭脳で恥ずかしいことに全力投球している。
 優夜が自身を抑えていた頃は宇宙烏を実名で呼んでもつかえなかったが、たがを外し始めた最近ではそういうわけにもいかないだろう。今年の夏以降、優夜は魔力を用いて宇宙烏に触れることを解禁したので、影響を与え過ぎないように意識して真名まなの使用を控えている。優夜の魔力で宇宙烏をめ殺すようなことがあってはならないからだ。
 一度優夜が魔力を多く使い過ぎたせいか、宇宙烏が一日寝込んでしまったことがあった。やはり魔力のない人間にはこくだったのだろう。
『科学反応……』
 優夜は表情に感情が出にくいので、宇宙烏はこちらの心情を察知しなかった。
『さまざまな方面に突出とっしゅつした者を集めたから、参考になるかと思って』
 少しほこらしげなのが、突っつきたくなるほどかわいい。なぜそういう方向に行ってしまうのか。
『ねえ、もっと素直になりなよ。僕は君が思いついたことを、そのまま言って欲しいのだけれど』
 宇宙烏は優夜の問いに全身全霊で答えようとしているが、いかんせん空回りしている。
『え、そのままって……俺の渾身こんしんの怪談だと力不足だからな……』
 宇宙烏の思い浮かべた怪談は、なんともかわいらしいもので、本人も照れているのか、単純に間が抜けているのか、優夜の恐怖にはなり得ないと誤解している。
 お前がどこかに行っちゃうのが怖い――宇宙烏の考えは魔力で感じ取れるが、本人の口からも聞きたい。
『僕も君と同じことを怖がるよ』
 優夜のこの手の発言は、必ず宇宙烏に流されてしまう。
『ああ、やっぱりお前も魔力の暴走で異世界に行っちゃったら怖いよな』
 宇宙烏は優夜に思考を読まれている、あるいは予測されているという前提で、誤った解釈かいしゃくをするのだ。
『……万が一魔力を暴走させて異世界に飛ぶなんてことがあったとしても、君と一緒だよ。意地でも巻き込むから』
 優夜が手元をくるわせるなんてことがあったとしたら、原因は宇宙烏以外にありえない。
『お、お手柔てやわらかに……』
 若干じゃっかんひるみつつも、宇宙烏は安心している。
 お前と離れないで済むなら怖くないな――宇宙烏の内心のいじらしさに優夜はほおゆるませたが、変な意味だと思われてしまったらしい。
『う、その笑みはもしかして俺は無事に異世界に辿たどり着けないとか? 服がけてぱだかになるくらいならまだしも、命の保証はない感じか……』
 妙にマイナス寄りの発想だ。
『まさか。僕が君を危険にさらすわけないだろう? でもそのオプションは魅力的かもね』
 到着場所が無人ならば、宇宙烏の反応を見るのも楽しそうだ。
『そういう修行もありか……素肌で自然を感じることで、現代の知恵を持ちながら、原始時代の身体能力を……』
 どこまで本題かられる気なのか、このままながめていたいような気持ちもあるが、やはり優夜は宇宙烏と心を通わせたい。
『で、百物語の計画は?』
 優夜は基本的に宇宙烏の意向を尊重する。なんだかんだネットでの交流も楽しんでいるようなので、今回は優夜も宇宙烏の遠回りにつき合おう。与えられた空間の中で宇宙烏がどんな動きをするのか、彼の集めたメンバーへの牽制けんせいねて協力しよう。
 そして楽しい百物語の会が発足ほっそくされ――宇宙烏は鼻血を出して、気絶した。
「そ、宇宙烏……もしかして天に召されて……?」
 礼温れおんが優夜と宇宙烏を見比べてあたふたしている。
「意識を飛ばしただけだよ。予想外に彼は僕に弱いみたいだ」
 ものすごく好かれている自覚はあったが、ここまで反応されると嬉しい反面、今後どうやってこの関係性をステップアップさせるか悩ましい限りだ。
「な、なんでにやにやしてるんですか? もしかして羊の運命の人に、いかがわしいことをする気ですか!?」
 牧野まきのひつじが優夜に食ってかかってきたが、その計算高い瞳には便乗しようという魂胆こんたんが見え隠れしている。
「ま、まさか気絶してるすきに全部済ませて、宇宙烏が目覚めたら、その既成事実を盾に強引に迫る気か!?」
 見栄みえりの黒永こくえいは、宇宙烏の意識がフェードアウトした途端、本性を現して変な妄想を繰り広げている。
「宇宙烏はチョコレート食べ過ぎたのか? 親戚の兄ちゃんも業務用のチョコレートを空にして、救急車で運ばれたことがあったぜ。噴水のように鼻血を吹いたって聞いたが、確か曲芸の練習で鼻に割りばし突っ込んだのが原因だったような……」
 筋肉マッチョ曖昧あいまいな記憶で、げんなりすることを言っている。
「想い人が倒れた途端、この反応……全く、とんまと、けだものばっかりだね。宇宙烏にはよく言い聞かせないとな。今後こんなことがないように」
「ね、ねえ、その変な黒いオーラみたいなのなあに?」
 礼温がびくびくしながら、優夜を指差した。
「ああ、これ? 僕の魔力。異世界では魔力持ちなんて珍しくないんだけれど、その色が黒っていうのはなかなかいなくてね。一説によれば、世界を支配する大魔王の魂を持つ者とか言われちゃって、厄介なことこの上ない。現に昔は魔王だったけれど、魔王でいるのもきたから、僕はこの世界に生まれて来たんだよ」
 呼びかけに答えたというのが、正確だろうか。こことは別の世界にいたのを、幼い子供の強引なお願いで呼び寄せられた――宇宙烏はそんなふうに考えるかもしれないが、実際は優夜が選んだのだ。
 とても楽しそうだったから、優夜は宇宙烏のへんてこな、それでいて誰よりも聡明そうめいなお願いを叶えたくなった。次元を越えて宇宙烏の元に生まれたのは、そういうことだ。
 人間になる前の優夜は魔王だった。今も魔王の魂を持っているのかもしれない。断定しないのは、男の意地だ。人としてこの世に生を受けたのだから、過去の姿なんて関係ないだろう。外見には名残なごりがあったとしても、今は間違いなく人間だ。
 しかし中身は変わっていない。だからこそ宇宙烏を守るために、他をぎ払うくせがついている。気持ちが穏やかでないと余計そうだ。
『どうか、最強最愛の恋人ができますように』
 幼い宇宙烏の願いは、退屈していた魔王の優夜を動かした。強くありたいという割と普遍的ふへんてきな男の子の願望をいだいた宇宙烏は、愛し合い、お互いに影響し合って強く成長し、共に人生を歩める恋人を求めた。
 世界を越えて届くくらいなのだから、きっと優夜と宇宙烏は波長が合うのだろう。これは運命の愛だと優夜は思っている。
夕闇ゆうやみやさしいし、強いんだ。やみむかえる前にいるから。夕闇ゆうやみだとそのままだし、みを取ってゆうやって名前とかかっこいいよな』
 若干三、四歳でここまでしっかりと話せる宇宙烏は相当賢かったのだろう。
 優夜はいろいろと時間軸をいじって、宇宙烏と同じ年齢に生まれた。世界の法則がやや異なるので、転生というよりも、魔王が人間になったと言う方が正しいかもしれない。
 優夜は早速さっそく宇宙烏に接近したのだが、なぜかいつも気絶されてしまうので、魔力に弱い体質なのだと思っていた。優夜も最初は人間の身体に慣れず、幼さゆえに魔力の制御もうまくなかったので、仕方なくしばらく宇宙烏の元を離れることにした。そうしたら人生が全然楽しくなくなったので、ものすごくれて、魔王でいた頃よりも殺伐さつばつとしていた。
 宇宙烏は特別魔力に耐性がないのだと誤解した優夜は、世界を一旦いったんほろぼしてことわりを書きえようと決意した。その前に一目宇宙烏に会おうと、中学三年生の時に不機嫌全開で彼の学校に転入したのだ。
 ある程度魔力のあつかいにけ、視界が安定した優夜は、そこでやっと気づいた。宇宙烏が頭は良いのに、とんでもない馬鹿だと。昔同様優夜には弱いようだが、魔力アレルギーではないことが判明し、更には変な方向に成長していたので、前ほど宇宙烏は卒倒そっとうしなくなった。
 宇宙烏は優夜のことが好き過ぎるのだ。愛で頭がとろけた宇宙烏の暴走は、つまらなかった優夜の世界を薔薇色ばらいろの楽園に変えた。ペットボトルのキャップほどしかない宇宙烏の優夜に対する容量に配慮はいりょし、少しずつ口説くことにした。最初は友達から始め、徐徐じょじょに真実を明かし、自分の気持ちにも鈍い宇宙烏に自覚させる。
『愛は時空をえ、過去の傷をもいやす』
 つい最近、奇跡きせきが重なって降臨した時の神様に頂いたありがたいお言葉も、優夜は宇宙烏に実際とは違うふうに聞こえさせた。あまりにもこっずかしかったからだ。
 宇宙烏は無意識に感じ取っていたのだ。魔王の魂が宇宙烏に合わないと思い込んでいた優夜が、深く傷ついていた過去を。無自覚にそれをいやすため、神様と時をさかのぼってしまった宇宙烏には舌を巻く。
 今回もまさか百物語で、魔王時代の側近――かつての四天王を集めてしまうとは。優夜とは違って彼らに過去の記憶はないようだが、なぜ四人とも人間になってこちらの世界に来ているのか。
「はあ……とことん貴様らは私の邪魔をするのだな」
 優夜が過去の口調に戻すと、面白いほど四人はびくついた。
「な、なんかひれさないといけない気になる……」
 礼温は寝袋に逃げ込み、
「う、何かとてつもなく嫌な記憶がよみがえりそうな……」
 黒永は頭をかかえ、
「な、なんだ!? おれの筋肉が震えたぞ……!」
 筋肉は飛び上がり、
「くっ、パワーハラスメントの気配です……!」
 牧野羊は頭の上で両手を交差し、防御の姿勢を取っている。
 元上司に向かって失礼なやつらだ。
「私は少しずつ彼と関係を深めているのだから、くれぐれも横入りなどはしないことだ」
 禍禍まがまがしい魔界まかいの住民をわざわざ召喚しょうかんしたのも、彼らを牽制けんせいし、再度しつけるためだ。
「さて、百物語は終わったが、宇宙烏が目覚めるまで再会を祝して、積もる話でもしようか……」
 優夜は宇宙烏をひざに抱き上げ、ぶるぶる震える四人に向かって、魔王のように微笑みかけた。

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