シャイが残念になるなら僕はそれに抗ってみせる!~反語(上)~
『これは魔法の書物である。常磐優哉の禁断の魔法を込めた滅びの書……黒の書をここに封じる。※この本を開けたら世界が滅びますが、常磐優哉は幸せになります』
これはある種の賭けだった。何の変哲もない黒表紙のノートに付箋を貼りつけ、優哉の世界で一番大切なあの子がどんな反応を示すかによって今後どう口説くかを決めるつもりで、思わせぶりに渡瀬翔の机に置いておいた。
案の定翔はそのノートを見た瞬間に開けた。寸分のためらいもなくキラキラした目でノートを開いて、そこに書かれた文章を熟読し始めた。
とは言ってもそんなに長文を書いたわけでもない。
『君は反語を知っているね? 高度な皮肉にも用いられることがあるそれは諸刃の剣である』
厨二病を患っている節のある翔に興味を持たせるために、少しもったいぶった書き方をしているが、印象を和らげるためにも必要なことだ。
『これは極端な喩えだが、ものすごく性格が捻じ曲がっている偏屈な男に対して「彼は正直者で人に好かれるタイプだ」などと言ったら、彼を知る大抵の人は皮肉だと氣づくだろうが、その偏屈な男を知らない人はもちろん、知っている人も真に受けてしまうことがあるからだ。しかし話す相手を選ぶことで共通の知人でないケースは避けることができる。何事も相手を見るのは大事だね。真正直に受け取ってしまう人は大抵二通りの反応をするだろう。この人は人を見る目がないとその感性を疑う否定的な反応、もしくはあの偏屈な男もこの人に対してだけは親切なのかと驚愕する比較的素直な反応。否定的なそれが多いだろうが、稀にまさかと思いつつも信じてしまう人はいる。僕は基本的に皮肉屋だが、君は割と僕の言うことをそのまま受け取って、そこに隠された意味を深読みして暴走するタイプだ。そんなところも大変愛らしいが、僕と君の間に横たわる認識の差というものがいかに僕らの進展を妨げるかを心底痛感している。君が世界の滅亡と僕の幸せを天秤にかけて、すぐに僕を選んでくれたからこそ、こんな魔法の書を書くことにしたわけだが、君はここで疑問に思うだろう。この文章が書かれた時よりも後にノートを開くという選択をしたのにそれがわかるなんて、優哉は魔法で未来予知ができるのかもしれないと君はその瞳を一層輝かせるに違いない。僕は確かに未来を視ることもできるけれど、最高の未来予知がなんなのかを君に教えよう。未来を視るのではない。誘導するのだ。僕は君が世界の破滅を防ぐよりも僕の幸せを選んでくれるように、長い時間をかけて君を僕に惚れさせてきた。君がかわいい水晶だった時……そして君が僕を好きだとしっかり自覚するまで君は僕よりも周囲を氣にかける節があった。それが本当に辛かったが、今の君は僕が幸せになるなら世界など滅んでもよいと思ってくれている。とても喜ばしい事態だが、それだけでは足りない。僕の幸せを選んでくれるのは本当に嬉しいが、僕は君にもっと幸せになってほしい。僕の幸せは本質的に君を幸福にする行為だと氣づいたら、それを追求しないなんてことがあるだろうか。いや、ない。これも反語だね』
「俺はとんでもない書を開けてしまったんじゃ……」
たらりと冷や汗を流しながら、翔が深刻な顔でぽつりと呟いた。言っただろう? 開けたら世界が滅びますと……優哉はにっこり笑って翔の様子を温かく見守った。
翔の宇宙烏というハンドルネームの由来は、空を駆けるの空を宇宙と書かせたものだと比較的すぐにわかるが、烏はどこから来ているか。以前優哉が翔の美しい黒髪を烏の濡れ羽色と表現したことがその選択に大きく関係していると、魔法を使わなくても字が教えてくれる。宇宙烏という名は今や優哉の魔法には欠かせないハンドルネームだ。
そらを、ソラヲ、祖羅乎……これは魔術の式だ。そもそも漢字という言語にそれを展開したひらがなやカタカナの組み合わせで構成される日本語は、他のどの言語よりも魔術向きだ。魔術と言っても一般的にイメージされるような西洋のオカルト的なものや、日本の陰陽師が使うような呪いとは異なり、これは現代に甦し古の反魂の儀。
この世界の全ては、それがどんな些細なものでも辿れば死に行き着く。死から始まったと言っても過言ではない。始まりの死。それがどういう意味なのか翔はあのノートを読み終えた時に悟るだろう。
『僕の行動は全て君の幸せに繋がるものだよ。僕が君と再会する前にバイオテロを画策していたのも、本質的に君を幸せにするにはこの世界をまっさらにしないとダメだと思っていたんだ。でも君は僕の予想以上に愛しいお馬鹿さんだった。ああ、勘違いしないでね。僕は君に対しては皮肉を言わない。お馬鹿さんという表現をもう少しわかりやすく解説するなら、君のその無垢で無防備で穢れなき姿が僕をたまらない氣持ちにするという意味で、君が怖がるから僕はそんな君を世界から隠すこともできやしないという恋煩いに悶える心を表しているんだ。ほら、僕の心内を君は想像もしないだろう? そんな君はお鈍さんで本当にかわいらしいのだけれど、そういう愛らしい部分を見せられる度に僕の魔力は暴走してしまいそうになる。君の前世がかわいい水晶で、僕が黒龍で魔王って以前話した時だって、君は僕のユーモアも君以外に対する皮肉も何一つ氣づかなかったわけで……本当のことを教えたらきっと泣いてしまうから、僕もあえて訂正せずに君の誤解を放置していたのだけれど、もうそんな遠回りは必要ないと判断して黒の書を解禁したんだよ。そうだ、この手の話が大好きな君に朗報だ。僕はこの手の書物をあと何冊か用意する予定だから楽しみに待っていて。この黒の書は僕の独り言のように思えるだろうけれど、僕は常に君と対話した上でそれを君が自覚できるように提示しているんだよ。さて、そろそろ本題に入ろうか』
一時もノートから目を離せない緊迫した雰囲氣で、翔がごくりと唾を飲み込んだ。
『かわいい翔。僕の愛しい水晶。君の前世が鉱物で君にプラチナという兄がいたと話したけれど、あれらは全部皮肉だ。君以外に対するね。そこにはもちろん僕自身も含まれる。僕は君以外にものすごく嫌な男になっているけれど、それも仕方ないよね。僕が君と今までこんなふうに仲睦まじく過ごせなかったのも全部世界が悪い。僕は一生世界を許さない。だから滅ぼす。僕は復讐の鬼になる。さて、このような僕の本音を知ったら、君はきっと泣いて僕を癒そうとしてくれるだろう。僕の視野が復讐で狭まっているせいで、幸せから遠ざかろうとしていると心配してくれるかもしれない。でも安心してほしい。僕の発言は過激だけれど、僕の幸せにこの世界の終焉が必須なのは紛れもない事実だ。当然僕の幸せは君の幸せで、君の幸せこそが僕の幸せだ。だから僕は僕の魔法を事細かに解説して、君にそれを応援してもらいたい。わかるかい? 僕のやる氣の源は君なんだよ。それはこの世界の基準でもわかりやすいと思うのだけれど……面倒な仕事に取り組む時に何よりも大好きな存在に応援してもらえたらがんばろうと思えるだろう? そういうことだよ。僕も魔王だとか大魔王だとか言われていても極極一般的な男の子だからね、とこれも皮肉になってしまうか。ああ、僕は息をするように皮肉を言うのが癖になってしまっている。それだけ君に焦らされているということなのだけれど。さあ、僕が言う世界を滅ぼす手順を君に教えてしんぜよう。どうか愛らしい君に応援してほしい』
甘さを覗かせると翔は途端にぽーっとなって、魔法という未知に惹かれる氣持ちと相まってガードが緩くなる。翔の力が抜けたところで優哉の記した黒の書は本題をぶっこむ。
『まず僕の一番得意な魔法は屍操作だ。ネクロマンシーと言った方が君には受け入れやすいかな? 当然ながら魔王と言われる僕がかけるそれは強力で、驚くことに死者が自分の死を自覚できないほどなんだよ。つまり君の周りにいる人間は僕を除けば一人残らず死んでいるんだ。ああ、誤解しないでね。魔王時代の側近である四天王……と言っても君は知らないだろうから補足すると、例の百物語で集まったメンバーのことだよ。彼らは人間じゃないから君の周りの死者という括りには含まれない。生きているとも言わないけれどね。君の母親も父親も人間だ。人間は皆死んでいる。もちろん君は死体から生まれたというわけではないよ? 翔を生んだのは君の母親ではないからね。誰が生んだかは僕の権限を行使して黙秘させてもらうけれど、安心して。少なくともゾンビでも虫でも化け物でも怨念でもないから。君は一見普通の人間と同じように母親の出産で誕生したように見えるだろうけれど、僕ら龍族の手が入っているから君を構成する数式は全くの別物だ。そうでなければ君のような生者は生まれない。この世界ごと死んでいるから、誰も自分が死んでいるなんて氣づかないんだよ。でも僕のネクロマンシーも完璧ではなくてね。大きな流れとしてはとある方向に向かってはいるのだけれど、完全に全てを思うがままに動かせているわけではない。だから僕は君の家族の言動を全て自在に操ることはできないんだ……まだ。精度を上げれば上げるほど全て僕の思うがままになるけれど、それでも個個をまるで人形のように操作するのは難しい。そんな高度な魔法をかけたら耐久性のない死体が崩れて壊れてしまう。よほど条件を整えて実行に移さなければ不可能だ。でも僕に不可能なんてないから、いずれ適当な人間を見繕って僕の屍操作を見せてあげるよ。楽しみにしていて。そのためにもいろいろと準備しないと。そうだ、ネクロマンシーの精度が下がる理由を言ってなかったね。よく君が読んでいる漫画や小説、時折プレイしているゲームなんかでは大抵ゾンビキャラって身体が腐って動きがぎこちないよね。逆にすごく人間離れした動きを見せる場合もあるようだけれど、基本的に生前のように振る舞える者はいない。生きている頃と同じパフォーマンスができなくなるのは術が不完全だからだよ。死んだら腐るのは、生存時のエネルギー循環が死んだ時点で止まってしまうからだ。流れる水は腐らないけれど、その逆は酷いものさ。だけどそれっておかしな話だよね。生前以上のことができなくなるのに殺す意味ってある? ゾンビ化するってことは何かしらに利用する目的があるわけで……仮にそれが敵を倒すという行為なら生きている状態で不都合がない限り、殺す意味なんてないんだよ。もしもゾンビ化でパフォーマンスが落ちるならって話だけれど。目的を遂行させる魔法を生者にかけるだけで済む。そもそも殺さないと相手を操れない術者なんて矛盾しているよね。生者を誘導するより死者を操作する方が難しいんだから。僕は何でも魔法でできるのに、なんで屍操作の魔法を使うのか疑問に思うかな? 死体は放っておくと腐って嫌な臭いを発するから片づけないといけないんだ。殺したなら責任取ってその死体を処理しないとね。はあ、どうしていつもこれからって時に邪魔が入るんだろう。ちょっと死体の後片づけをしてからこの続きを書かないと』
一旦ページに数行の空白が開いて再び文字が続く。
『翔? まだ意識ある? 僕が強い魔法をかけると君っていつも氣絶するか寝ちゃうから……だって仕方ないんだよ。君はすぐ僕から逃げようとするから、その前に意識を奪うんだ。そう、君の突然の眠氣の原因は僕の君への脱走阻止魔法だ。そのおかげで君はこの世界で僕から一度も逃げられた試しがない。結構厳しい基準で魔法が発動するよう設定しているから、君が少しでも……喩え照れや不慣れが理由でも僕から離れようとするか、僕が必要性を感じると手動で魔法をかけるから、随分君はお寝坊さんで失神する子になってしまったよね。まあ、もちろん僕が君を寝かせても大丈夫って判断した場所以外ではそんなことしないけれどね。僕が傍で君を守れる時はよく君は意識を失うだろう? あれは照れてキャパオーバーになった君が自主的に意識を失っているのではなくて、僕が強制シャットダウンをしているんだ。で、その間にネクロマンシーの精度を上げて君周辺の環境を整えると、君が逃げたくなる原因は消失している。でも百物語の時に僕が愛を囁いただけで君が氣絶したのは、僕があの場でかけようとしていた魔法があまりに君にとって嫌なものだったから、君に拒絶される前に僕が反射的に君の意識を食べてしまったんだ。すまない、意識を食べた後に君が喜んでいることを知ったから……あそこまで今の君に好かれているとは思わなかったよ。本当に嬉しいし、両想いだということは知っていたけれど……いや、君にかけた鏡の魔法のおかげで恋人たちのする全ての行為を拒否できないとわかっていたのを両想いと言っていただけだから、思わぬ嬉しい誤算だったんだ。君はあれだけ僕のことを嫌っていたのに、今はこんなに好感を持ってくれているなんて、世界を殺した甲斐があったよ。君が僕を拒むのは世界のせいだ。だから僕は世界を絶命させた』
翔が首を傾げている。
「俺が優哉を嫌ってたとかありえないだろ……」
その独り言に歓喜が込み上げるが、事実過去の翔は優哉を嫌っていた。結婚後のどことなく仲睦まじい様子は全部優哉の自作自演だ。つまり暴走水晶になっていたお淑やかで愛情深い翔は、全部意識のない彼を優哉が魔法で操作して演じさせていただけなのだ。君が僕を好きならきっとこういうふうに振る舞ってくれるだろうという寂しい独り遊びだ。
『君は疑問に思っているよね。こんなに優哉のことが好きなのに、本当に昔の俺はお前を嫌っていたのか……? 前世でも両想いになったみたいだから、水晶だった頃より前の話か? ときっとかわいい予想をしているだろう。ごめんね、僕は魔王なんだよ。しかも大魔王という表現が相応しい感じの。お姫様と幸せになれない魔王はどうすると思う? そう、強引にお姫様を攫って自分の嫁にするよね? でもお姫様が心を開いてくれなくて悲しい。そこで魔王はお姫様を殺して蘇生させることにしました。一度殺して蘇生させたら、お姫様は魔王の思い通りに動いてくれるようになりました……これが君と僕の物語の真実さ。君が生きている頃はとてもではないけれど、僕に振り向いてくれそうになかった。誘導魔法をちんたらかけているうちに君は僕の元を去る選択をしていただろう。だから逃げられないように殺した。ネクロマンシーは難しい魔法だから、蘇生は完璧でも操作の精度は少しずつ調整しながら上げていかないとならない。そこで必要なのが術をかけられる側の同意だ。全てを君が明け渡してくれないと、僕の魔法は完璧にならない。あ、誤解しないで。君は死体なんかじゃないからね。完璧に蘇生したからきちんと生きているよ』
「…………」
翔が震えている。怯えながらもノートから目を離さずに読み進める姿に優哉はぞくぞくした。さあ、真実を知った上で僕の元に来い――時折道化を演出してごまかしていたから、翔は魔王の本当の恐ろしさを知らない。
『怖くなってきた? だって君には心当たりがあるのだものね。僕が君に常日頃許可を求めていたから。本当に些細なことから大きなことまで。些細なことと君が思っていたこと……そう、悪いんだけどそっちに転がってしまった消しゴムを拾ってくれない? と普通の良識ある健康な人なら応じてくれる問いに君が頷く行為すら、僕に身体を委ねるための問いかけだったんだ。実際の問いをそのささやかなお願いで覆って隠していたんだよ。でもそれもこれも全て君を守るためだった――こう言えば今の君は全て許してしまうだろうね。そうなるように仕向けたから。君をネクロマンシーで制御しながら、生き返らせた君が自発的に僕を好きになってくれるようにするという魔法でね。言っただろう、生者を誘導する方が死者を操作するよりも難しいと』
翔が目を瞬いてノートを読み返している。これの前の記述では『生者を誘導するより死者を操作する方が難しいのだから』となっているのに、どういうことだと翔が混乱している。ここが翔のすごくかわいいところなのだが、何か変だと疑問を抱くなど氣が逸れるようなことがあると、彼はそれまでの恐怖をリセットしてしまうのだ。優哉が翔限定のマニアであるのを真似して、真実を追求しないと氣が済まないといろんなものを放り出してぐいぐい迫ってくる性質が生まれたのだ。
鏡の魔法をかけても、翔をどこまでも探求するという優哉の恋に狂った性質を完全に彼が再現することはできなかった。しかし翔は自分がこのような状況に陥ったこと自体は受け入れて、それがどうしてなのかを知りたいと、身一つで飛び込んでくるような愛らしい成長を遂げたのだ。
現に今も翔は熱心にノートを読み込んでいる。先ほどまでの震えが嘘のようだ。
『どちらも本当だよ。生者を誘導する方が死者を操作するよりも簡単で難しい。こんなふうに書くと君は混乱するだろうね。このことを説明するには僕が言語というものの起源について明かす必要がある。言語は魔術だ。そして言語というものが何かを考えた時、コミュニケーションツールだと君は思うだろうね。実は違うんだよ。言語の起源はこの間の話で僕の父上ということになっている赤い龍だ。赤い龍はこの世界にある重要なものの起源だよ。大体のね。赤い龍が起源ということは、その伴侶である鬼について語らないとならない。言語とは赤い龍が自身の伴侶である鬼を殺すために創られたもので、その起源は殺戮なんだよ。言葉とは他者を殺すための手段である。なんて物騒な言い方だと誤解を招くね。そもそも言語が双方の意思疎通のためのキャッチボールという認識になってしまったのも、僕がこの世界を殺したせいだ。この世界が死ぬ前だったら僕の言うことが当たり前だという風潮だっただろう。なぜなら世界というのは本来何の慈悲も救いもない戦場だったからね。まあ、慈悲も救いもないというのを周知させたのは僕だけれど。そうしなければ胸糞悪い茶番が延延と続いていただろう。戦争反対と声高に叫ぶ人人は、生前それで酷い目に遭っていて、死後の世界でも同じことを繰り返しているんだ。だってみんな幽霊みたいなものだからさ。ああ、暴力反対の方が君にはわかりやすいかな。暴力反対と言いながら暴力に訴える矛盾した人間もいるけれど、暴力ではなく話し合いをと言う非力な人たちは、自分たちに有利なステージで殺し合おうと言っているんだよ。その自覚はないだろうけれどね。もちろんその自覚がある人もいるよ。確かに殴られれば痛いよねぇ。相手がメリケンサックでもつけていたら骨が折れるほどの一撃を食らうかもしれない。暴力に訴えずに話し合いで解決しようと言う側はいつだって相手の命をたちまち奪える銃口を向けてそう主張しているか、その銃口を無効化したくて水鉄砲を片手に画策する愚か者か、無自覚に言論による首取り合戦を提案しているか、物事を撹乱させて別の目的を達成しようとする裏切り者かのどれかだよ。平和や和平というのは勝者が掲げる旗に過ぎない。どういう形にせよね。戦争の手段は必ずしも武器や兵器を用いて人を殺戮することだけではない。そして本質的にはどれも変わらない。この世界では一番圧倒的だと思われている武器を用いた征服だって死後の世界には通用しないからね。そもそも己の純粋な力だけで相手を殺害できない時点で借り物の力だろう。かといって武闘派の人間が素手で相手を殺せばよいってものではないよ。それはそれで後で面倒なことになる。本来殺人というのは、死後の世界の七面倒臭いいざこざも処理できる能力がなければ犯してはダメなんだよ。死んでいるのに死後の世界があるなんておかしな話だと思うかい? でも何もおかしくはないんだ。魂を留めていた器が壊されて、もうそこに宿れないというだけの話だから。言っただろう。療養世界があると。輪廻転生って要は脱獄手段みたいなものだからさ。砕かれた弱った魂が行き着く先がこの星で、魂の破壊者である赤い龍や僕は本当はそんなふうに脱獄させたくないから、この世界を壊す魔法を発動した。それだけのことだよ。どうしたって砕く過程でその欠片が脱獄してしまうけれど、その脱獄先も監獄に変えれば問題ないよね』
「問題……ない、のか……?」
翔が疑問符を顔に浮かべているが、問題ないように優哉は動いている。